ACC(アクティブ・クルーズ・コントロール)とは高速道路などで一定の速度をキープするだけでなく前方に障害を発見すると自動的に減速して衝突を防ぐ装置です。四輪車ではBMWのような高級輸入車だけでなく、一部の軽自動車にも装着されるなど、もはやポピュラーなデバイスですが、四輪車に比べて二輪車は技術的なハードルが高いためこれまで実用化されていませんでした。
四輪車でBMWがハンズオフ(手放し走行)を実現したように、バイクでも自動運転を目指しているのでしょうか?今回はACCをはじめ、BMWモトラッドが考える未来のバイク像について解説していきます。
クルマでは一般的になったACC
ACC(アクティブ・クルーズ・コントロール)は前を走るクルマと車間距離を自動的にキープしながら走行する装置です。BMWをはじめとする高級車ではすでに一般的なデバイスとなっています。
参考:BMW車のハンズオフ(手放し運転)映像
2020年6月、BMWモトラッドが二輪車にこのACCを導入すると発表して大きな反響を呼びました。ライダーが設定した速度を維持するという点では従来からあるクルーズコントロールと同じですが、このACCでは前を走る車両との車間距離を自動的にキープする機能が追加されています。
前を走る車両に追いついて車間距離が縮まるとバイク側で自動的に減速、車間距離が開けば任意の速度まで自動的に加速します。ダイナミックとコンフォータブルという2つのモードがあり、素早い作動が好みならダイナミックモードを、穏やかに加減速を行いたいときはコンフォータブルモードを、と選択することが可能です。
このシステムはBMWの四輪車でも長年パートナーシップを組むドイツのボッシュ社との共同開発によるもので、実際に市販化される時期や搭載されるバイクについては未定ながら、いよいよバイクも自動運転の時代が来る?と話題を呼んでいます。
ACCで事故防止を
ボッシュの調査によればバイクでの事故の主な要因は、ライダーが車体をコントロールできなくなることと、他の車両に衝突することの2つです。
さらに交通事故の9割が人為的なミスによるものとされ、マシン側の安全装備が進化することで事故を減らせるとしています。
BMWモトラッドでは1980年代に世界に先駆けていち早くABS(アンチロックブレーキシステム)を市販車に採用しました。ABSが国産バイクに標準装備されるようになったのはつい最近だということを考えれば、いかに先進的な取り組みだったのか理解いただけるでしょう。
また、最近でいえば、2016年にSVA(サイドビューアシスト)と名づけられた超音波センサーを使用して後方に迫ってくる車両を検知するシステムをC650GTに採用しています。このように、BMWモトラッドではこれまでもずっとバイクの安全対策に取り組んできました。今回のACCについてもこれまで積み上げてきた技術の延長線上にあると言えます。
ロングツーリングの疲労を軽減するACC
今回BMWモトラッドが導入するACCでは速度を設定すると車体前方に搭載されたレーダーセンサーで前走車を検知し、さらにIMU(慣性計測装置)からのデータを使用するところがポイントです。バイク独特のカーブで車体をバンクさせることを考慮した制御が可能になったのです。
もしライダーが安全な領域を外れて車体をバンクさせているときにはスピードを落としたり、コーナリング中の加速や減速をライダーにより優しいものにすることで事故を防止する制御を行います。
高速道路の追い越しではウインカーを使いながら車線変更すると素早く前車との車間距離保持を解除、追い越し完了後に設定速度に戻すという追い越し補助機能まで用意されています。操作方法もこれまでのクルーズコントロールとほぼ同じで、初めてでも戸惑うことがないようになっています。ACCの作動は時速160〜30km/hの範囲で設定が可能でライダーがブレーキをかけるか、アクセルを完全に閉じた状態から開いたときに解除されます。
また、クラッチレバーを1.5秒以上握っても解除されますがギアチェンジそのものは可能です。このためBMWモトラッドではクラッチレバー操作の不要なクイックシフターとの併用を推奨しているとのことです。
ただし現時点ではあくまでクルーズコントロール機能の発展形なので渋滞時や信号待ちなどで停車しているクルマには対応していませんし、カーブで車体をバンクさせるのもライダー自身で行う必要があります。
しかしBMWは四輪車においてすでにACCの技術を応用した「ハンズオフ(手放し走行)」も実用化して市販車にも搭載しています。果たしてバイクにおいても自動運転の実用化を目指しているのでしょうか。
すでに自動運転バイクを完成させているBMW
実はBMWモトラッドでは今回の発表に先立ち全自動運転バイクを発表しています。その発表の場所は2019年1月にアメリカのラスベガスで開催されたCES2019(コンシューマー・エレクトロニクス・ショー)でした。CESはもともとは家電の見本市でしたが、近年はAI(人工知能)など最新のテクノロジーに関する展示が増え、また自動運転など最先端の技術を使った展示やデモンストレーションを行う自動車メーカーも増え、今や本家のモーターショーよりも注目を浴びるイベントに成長しています。
そんなCES2019にBMWモトラッドが出品したのはトップケース、パニアケースをフル装備した一台のR1200GSでした。見た目は普通のR1200GSですが、車体各場所にはGPSや各種センサーが取りつけられ、トップケースとパニアケースの中には高性能な車体制御ユニットがぎっしり詰め込まれています。
スタート時こそ人に支えてもらう必要がありますが、走り始めるとR1200GSは人を乗せないままするすると加速、まるで生き物のようにきれいに車体をバンクさせてスムーズにコーナーを回っていきます。一般のライダーがちょっと嫌がるような、ハンドルを大きく切って回るような極低速のターンも見事にこなします。停止直前には自動的にサイドスタンドが作動し、車体が傾いて停止する様は見事としか言いようがありません。すでに多くのBMWバイクには電子制御式のサスペンションをはじめエンジンなどにも電子制御技術が使われていることから、それらの集大成とも言えるでしょう。
このデモンストレーションを見れば、いずれBMWモトラッドは完全自動運転のバイクを実用化しようとしている、と思うかもしれませんがBMWモトラッドではそれを明確に否定しています。
自動運転技術は何のため?
BMWモトラッドによればこれら自動運転の技術はすべてライダーの疲労を軽減し、バイクによる事故を防ぐことにあるとしています。完全自動運転のバイクについてもあくまでライダーの運転支援技術の研究が目的であり、たとえライダーが眠っていたとしても目的地に着いてしまうような自動運転バイクをつくろうとしているわけではないようです。
四輪車に比べて自立できないバイクの場合はいかに自然にライダーの感覚に合わせるかが重要になってきます。コーナリングの際に進入速度が速かった場合、急激に制動をかけてしまったりアクセルを必要以上に絞ってしまったなら、それが正しい作動であったとしても乗り手には「なんだ、おせっかいなバイクだな」という違和感が残るでしょう。BMWモトラッドが自動運転バイクの研究を行うのは、基本動作を人間が行うのと変わらないレベルにまで高めて初めて本当の走行支援が行えるという考えに基づいてのことなのでしょう。
BMWモトラッド以外にもホンダが自動運転バイクの試作車を発表しています。これはヒューマノイドロボット「ASIMO」などで培ったバランス制御技術を応用したものでライダーが搭乗していないときでも自立することが可能で、低速時にはふらつきを抑えるものです。「倒れないバイク」と言われるとおり、バイクの一番不安定な部分をカバーするための技術で、通常走行時には普通のバイクと同様の操縦性を確保しているといいます。
同じくヤマハでも自動運転の研究を行っていますが、こちらはバイク本体は市販車のままでそれに搭乗してコントロールするロボットを開発しています。有名なGPライダー、バレンティーノ・ロッシの走りにどこまで近づけるか、ということを目標にしています。こちらはバイクを操る人間が感じる情報をデータ化して、今後の開発に活かしていくとのことです。
このように各社バイクの自動運転といってもそれぞれ違いが見られますが、BMWモトラッドの取り組みが乗り手である人間に一番近いアプローチに感じられるのは私だけでしょうか。
すべては安全で快適なバイクライフのために
「雨の中を走っていてマンホールのふたを踏んでしまいタイヤがすべって肝を冷やした」、「考え事をしていたら前車がブレーキを踏んで追突しかけた」、あるいは「コーナーに進入したら思ったよりもRがきつくてあわててブレーキをかけて転倒しかけた」、などバイクに乗っていて危険なシチュエーションに遭遇することは誰にでもあるはずです。もちろん技量があれば避けられる場合もありますが、不可避の事態が全くなくなることはないでしょう。
そういったライダーなら誰もが感じる不安を技術の進歩で取り除くことができれば、バイクライフはもっと楽しくなるはず―それがBMWモトラッドが考える自動運転技術研究の目標なのではないでしょうか。