エンジン車にはトランスミッションが不可欠です。それに対して最近ではAT車が増えて普段の運転では全く意識しない、という方も増えているのでは?しかし世界的な低燃費、低排出ガス化への流れの中でトランスミッションが果たす役割はさらに重要度を増しており、トルクコンバーターと多段式のギアを組み合わせたステップATもかつては3速や4速だった時代から今や8速、さらに10速へといった多段化が進んでいます。その一方でマニアが愛していたMT車は消滅してしまう運命にあるのでしょうか。
今回は進化するBMW車のトランスミッションについて分かりやすく解説していきます。
トランスミッションはなぜ必要?
ガソリン車にせよディーゼル車にせよ、内燃機関ではシリンダー内に気化した燃料を送り込んで圧縮し内部で燃焼を起こすことでピストンが上下し、その力でクランクシャフトを回すことで駆動力に変えます。つまり、クルマを動かすのに必要な力を得るためにはある程度エンジンの回転数を上げる必要があります。そして高速で回転するクランクシャフトはそのままでは力が弱いので、減速することで力(トルク)に変換する必要があります。
クルマを動かし始めるゼロ発進のときに一番大きな力が必要ですが、動き出すと今度は力よりも速度を上げるギアに変える必要があります。自転車で言えば軽くペダルを回せるギアからどんどん重いギアに上げていくことを思い出していただければ分かりやすいでしょう。
トランスミッションの違いには各国の道路交通環境の違いが影響する
国産車に使用されているトランスミッションを見ると多段式のステップATとCVTがそのほとんどを占めています。しかし世界的にはまた違った傾向が見られます。欧州ではステップATとDCTが主流で国によってはより安価なAMT(MTをベースに変速のみを自動化したもの)を採用した車種も少なくありません。同じ車種であっても仕向地によってトランスミッションを変える場合も多く見られます。例えばフォルクスワーゲンはドイツや日本ではDCTが主力ですが、中国国内で生産しているモデルには現地の使用環境を考慮してステップATを採用しています。
トランスミッションの選択にはその国の道路交通環境が大きく関わってきます。日本のように信号の多い市街地での走行が主で速度域が低い環境と、ドイツのように速度無制限のアウトバーンがあり、市街地も信号ではなくラウンドアバウトが多く速度域の広い環境ではドライバーの嗜好も変わってきます。日本では低速域でのスムーズさや燃費の良さからCVTが、欧州では高速での燃費の良さとアクセルレスポンスに優れたDCTが主流となっているのにはこのような背景があるのです。
多段化が進むステップAT
乗用車でトルクコンバーターを使用したステップATが初めて実用化されたのは1939年で、すでに80年以上の歴史があります。しかしAT車がすぐに主流となったアメリカとは異なり、欧州ではMT車が長く主流となっていました。1980年代のBMW車では3速や4速のステップATがまだまだ主流で、燃費の面でもドライバビリティの面でもMTには及びませんでした。この時期は現在のように車種に合わせてATのセッティングを細かく変えたりしていなかったことも影響しているのでしょう。
状況が変化してきたのは1990年代に入ってからでしょう。5速のATが登場し、トルクコンバーターを介さずギアを直結するロックアップ機構が搭載されるようになり、MTとの差が燃費でもドライバビリティの点でも縮まってきたのです。日本市場に目を移すとAT限定免許制度が開始されたことも追い風となりました。さらに2000年代に入り6速、7速と多段化が進み、より細かい制御も可能になりました。
現在BMWが採用しているステップATは8速で、他社では10速のものまで登場しています。ただしこれ以上多段化を進めると機構も複雑で大きく重くなるなどデメリットが増えてくるので、多段化よりも制御の緻密さや一層の軽量化などクオリティを向上させる方向に各社はシフトしています。
新時代のMT、7速DCTとはどんなトランスミッション?
現行のラインナップではBMW車のトランスミッションは大きく分けて3種類です。3シリーズや5シリーズといったFRのサルーンやディーゼルエンジン車には8速のステップAT、MシリーズやFF車には7速のDCT、そしてM2とM4には6速のMTも用意されています。
DCTとはダブル・クラッチ・トランスミッションの略で、その名のとおり2種類のMTを組み合わせたような構造の自動変速機です。1つは1速、3速、5速、7速と奇数ギアのセットで、もう1つは2速、4速、6速、リバースと偶数ギアのセットになっています。3速から4速への変速を例にすると、ギアが3速に入っているときは4速側のギアはクラッチを切っている状態でスタンバイしています。奇数側のクラッチが切れると同時に偶数側のクラッチがつながり4速に入ります。トルクが途切れず瞬間的にシフトアップが完了します。ステップATのようにトルクコンバーターが介在しないので、ダイレクトに駆動力を伝達できることからMTと同じくパワーロスも少なく、燃費の面でも有利です。
もちろんデメリットもあり、渋滞でノロノロと進むような極低速時にはややギクシャクした動きになりがちです。とはいえ、とくにガソリンターボ車とのマッチングの良さは最新の1シリーズをドライブすればすぐに理解できるはずです。まだ市販化から20年弱と新しいトランスミッションなのでさらに進化していくことでしょう。
BMWのMT車はどうなる?
現在、日本国内で販売されているBMW車でMT車が選べるのはM2とM4という2台のハイパフォーマンスモデルのみとなっています。しかもこの2台はいずれも近いうちにモデルチェンジされることがアナウンスされています。
MT車は変速が早く燃費もAT車よりも良いとされていたのも今は昔、ステップATの進化やDCTの登場ですっかり過去の話となりました。BMWのようなプレミアムカーではいずれMT車は消滅するだろう、という悲観的な見方もありました。
しかし、現在出回っている情報を総合すると、次世代のM2とM4には6MT仕様も用意される可能性が高いようです。もちろんDCTは誰が乗ってもレーシングドライバー並みの変速が可能であることに加え、変速をクルマにまかせてイージードライブもできるとあらゆる面で優れているのは確かです。
とはいえ、M社がチューンした絶品の珠玉のエンジンを自分のシフト操作で存分に味わいたいというドライビング好きの方もいらっしゃるはずです。コーナーの手前でブレーキング、と同時にヒール&トゥ(すでに死語かもしれませんが…)を駆使して回転を合わせながらシフトダウン、コーナーの頂点からアクセルを踏み込んで加速-もはや乗馬のような古典的な楽しみなのかもしれませんが、そんなエンスージアストのためにBMWは「駆け抜ける歓び」を残してくれているのでしょう。
BMWがCVTを採用しない理由は?
国産車の主流はCVTで軽自動車から2L車まで多くの車種に搭載されています。その一方でBMW車ではCVTを採用しているモデルはありません。過去にさかのぼっても同じグループのMINIの初代で一部採用していた程度です。
なぜBMWがCVTを採用しないのかを考える前に、CVTの基本について見ていきましょう。CVTは無段トランスミッションの略でMTやステップATのようなギアは存在しません。プーリーと呼ばれる滑車が2つとそれをつなぐベルト(またはチェーン)で構成されています。
プーリーは滑車と言っても糸車のような形状ではなく、2つの円錐を向かい合わせにしたような特殊な形をしており、一方のプーリーはエンジン側に、もう一方のプーリーは駆動輪側につながっています。プーリーは円錐状なのでベルトをかける位置を変えることで回転速度を変化させます(円錐の先端に行くほど回転速度が速くなる)。ギアを使わないためにシームレスな変速が可能で、とくにストップ&ゴーが多い市街地ではスムーズに走行することが可能です。エンジンの最も効率の良い回転域をキープしたまま速度を変化させられるので、かつて日本で主流だったJC08モードでも良い燃費を出すことができます。
一方、CVTの弱点としてはベルトをプーリーに押しつけるために油圧を使うことでパワーロスが生じることが挙げられます。また大排気量ハイパワーのエンジンにはベルトが耐えられないことから搭載できません。
しかし、BMWがCVTを採用しない最大の理由は、フィーリングにあると考えられています。最新のCVTでは改善されてきていますが、アクセルを踏むとまず回転数とエンジン音が高まってそのあとからスピードがついてくるような感覚があります。エンジン回転の上昇はスピードや音と連動するもの、という常識に反することから、「なんとなく不自然」という印象を持つ方も少なくないのです。とくにBMWを好むようなスポーツドライビング好きの方の間ではCVTは評判が今ひとつです。
また、BMWの故郷であるドイツのアウトバーンのように、連続で高速走行するようなシチュエーションではパワーロスの大きなCVTはメリットがあまりないのです。もちろんCVTも日々改善が進んでいることから将来的には分かりませんが、現時点でBMWがCVTを採用する可能性は低いのではないでしょうか。
エンジン+トランスミッションの時代はまだまだ続く!
今後はモーターで駆動するEVが主流となるのでエンジンとトランスミッションの組み合わせは過去のものになる、という意見もありますが本当でしょうか。
BloombergのレポートによればEVの市場は成長が望めるものの、2040年時点においても自動車販売全体の31%程度にとどまると予測されています。EVがガソリンを含めた内燃機関に代わってクルマの主役となるためには車単体の技術革新だけでなくEVステーションのようなインフラ、そして世界中のクルマに供給できるだけの電力量の確保といったさまざまな高いハードルが存在します。
一方で内燃機関については燃費や排出ガスに関する規制がさらに厳しくなることは容易に予測できます。エンジンの改良だけでそれをクリアするのは不可能でしょう。これまで以上にトランスミッションにも進化と深化が求められる時代が来ているのではないでしょうか。
BMWはそのメーカー名(バイエルン・モーター・ワークス)のとおり、内燃機関の可能性とそれを引き出すトランスミッションの追求をやめることはないでしょう。