テレスコピックサスペンションはBMWが世界に先駆けて市販化
現在、ほとんどのスポーツバイクにフロントサスペンションとして用いられているのがテレスコピックタイプのサスペンションです。
構造は非常にシンプルでアウターチューブと呼ばれる円筒の中に一回り小さいインナーチューブを組み合わせ、アウターチューブの中に入れたスプリングが伸縮することで路面からの衝撃を吸収します。この伸縮するサスペンションの動きがちょうど望遠鏡(テレスコープ)のようだということでテレスコピックと名付けられました。このメジャーなフロントサスペンション形式を市販バイクとして世界で初めて採用したのがBMWバイクだったことをご存知でしょうか。1935年にBMWが発売されたR12というモデルにテレスコピックタイプサスペンションを装備したことで、操縦性や快適性の面で一気に近代化が図られました。現代のスポーツバイクのほとんどがテレスコピックタイプのサスペンションを採用していることを考えると非常に画期的なモデルだったと言えるでしょう。
しかし、その一方でBMWはテレスコピックタイプの弱点も把握していました。その弱点とは減衰(ショックの吸収)とコーナーリング(操舵)の2つの役割をテレスコピックフォークが同時にこなさなければならないということです。オートバイでブレーキをかけるとフロントに荷重が移ってフロントフォークが沈み込みます。これをノーズダイブと呼びますが、車体の姿勢は大きく変化することになります。
テクニックがあれば、この挙動の変化をコーナリングに活かすことも可能ですが、もし路面が荒れていてギャップなどを超えてしまった場合には転倒につながる恐れもあります。BMWは、世界で初めてフロントサスペンションとしてテレスコピックフォークを市販化しながらも、「この弱点をなんとか改善できないか?」とトライを続けていくことになります。
60年前にテレスコピックの弱点に気がついた?アールズフォーク
テレスコピックフォークの弱点を改善するためにBMWが出した回答がアールズフォークです。1955年にデビューしたR26やR50に採用されました。ちなみにアールズとは考案者の名前から取られています。
一見すると通常のテレスコピックのフォークのように見えますが、フレーム下部から前輪に向かってアームが追加されているのが特徴です。路面からの衝撃はこの追加されたアームとダンパーが受け持つことになります。走行中にフロントフォークが伸縮することはほぼないため、安定したハンドリングが楽しめます。見た目が当時としてもややクラシックな印象があったため、当初は苦戦を強いられますが、サイドカーのベース車として高い評価を得ることになります。車体を傾けることで旋回する二輪車と違い、サイドカーでは側車があるためにクルマのようにハンドル操作で曲がることになります。この際、フロントフォークには横方向に大きな力がかかるため、テレスコピックタイプではサスペンションの伸縮に影響が出ます。またブレーキングのときにも、通常のオートバイよりも強いノーズダイブが発生するために姿勢が不安定になります。アールズフォークでは衝撃の吸収と操舵を分離することでこれらの欠点を解消しました。このため、現在でもオートバイをサイドカーに改造する際にはフロントサスペンションをアールズフォークに変更する手法が多く用いられています。
進化するサスペンション、テレレバーとデュオレバー
アールズフォークを更に進化させたのが1993年にR1100RSに採用されたテレレバーです。スライダーと呼ばれるテレスコピックのようなフロントフォークがついていますが、こちらは操舵のみを行い、緩衝機能は受け持ちません。緩衝機能は車体側に取り付けられたスイングアーム(Aアーム)とダンパーによって行います。ダンパーがスイングアーム側にあるので、テレスコピックフォークよりもばね下荷重(サスペンションのスプリングの下にかかる重量)が軽くなることで、路面の追従性が良くなるというメリットもあります。
2004年にはテレレバーをさらに進化させたデュオレバーがK1200Sに採用されました。タイヤを支えるホイール支持アームを上下2つのアームで支えるという構造です。アルミダイキャストでできたがっしりとしたホイール支持アームを見ればわかる通り、テレスコピックフォークの苦手とする横方向の荷重に強いのが特徴です。
高性能なクルマやレーシングカーなどによく用いられているダブルウィッシュボーン式サスペンションを二輪車のフロントサスペンションに応用したような構造となっています。テレレバーも乗用車に使われるマクファーソンストラットに近い構造なので、乗用車の部門でも数々の高性能車を手掛けているBMWならではのアイデアと言えるのではないでしょうか。
テレレバーもデュオレバーも、安定したハンドリングはもちろん、コーナリングの際にブレーキをかけても姿勢が安定していて、危険回避の際にも転倒のリスクが少ないという特徴があります。
またコーナリングで車体を傾ける際の中心軸をロールセンターと呼びますが、テレレバーやデュオレバーはロールセンターを低く設定できるため、曲がりやすさという面でもメリットがあります。
シャフトドライブのデメリットを解消するパラレバー
BMWでは1938年にはすでにリアサスペンション付きの市販車を、1955年には現在のオートバイのほとんど使われているスイングアーム構造を市販化していたことをご存知でしょうか。このようにフロントだけではなく、リアサスペンションについても長い経験と高い技術に裏付けられたBMWならではのこだわりがあります。
BMWでは古くから後輪の駆動にチェーンではなくシャフトドライブを採用しています。シャフトドライブは耐久性に優れ、チェーンのように注油や伸びの調整といったメンテナンスが不要、騒音も少ないといったメリットがあります。
しかし、二輪車ではシャフトドライブではなくチェーン駆動が主流となっています。シャフトドライブはチェーンに比べてコストがかかることに加え、アクセルを開けたときにテールがリフトアップしてしまうという欠点があったためです。この欠点を解消する方法としてBMWが採用したのがパラレバーです。パラレバー(=パラレル・レバー)という名前のとおり、ドライブシャフトに平行して取り付けられています。パラレバーはアクセルを開けてトルクが立ち上がる時に働く、車体後部を持ち上げる力を打ち消す役割があります。同様の効果はスイングアームを延長することでも得られますが、BMWの説明ではパラレバーと同じだけの効果を得るためには1.4mも延長しなければならないので、現実的ではないでしょう。
快適さと安全性へのチャレンジ、BMWの挑戦
アールズフォークに始まり、テレレバー、そしてデュオレバーといった独創的なメカニズムを開発してきたBMWですが、決してテレスコピックサスペンションを否定しているわけではありません。テレスコピックサスペンションについても開発を続けており、弱点を電子制御でカバーすることで、運動性能や安全性能を高めることが可能になってきました。
ハイウェイクルージングを楽しむマシンにはデュオレバー、軽快な操縦性が特徴のマシンにはテレスコピックといった具合に、それぞれの車種に合わせた最適なサスペンションを選択しています。また、ダイナミックESAやDDCといった走り方やライダーの操作に合わせて自動的にサスペンションのセッティングを変化させるといった試みを行われています。
いつの時代もライダーが快適で安全に楽しめるオートバイを目指してチャレンジを繰り返す、それがBMWというメーカーのフィロソフィーなのかもしれません。