BMWは、日本人に人気なドイツ車のひとつ。その中にあっても、運転すること・操ることに対して、一際強くアピールしているクルマメーカーと言えましょう。元々は航空機のエンジンづくりから始まり、技術者の考えがかなり色濃い社風が特長です。TVCMを見るたびに、お馴染みのスローガン“駆けぬける歓び”の意味づけはどこから来たのか? という疑問をお持ちの方も多いと思います。ということで、今回のコラムは、妥協なきクルマづくりの思想から生まれた、この企業スローガンの検証とまいりましょう。
“駆けぬける歓び”が凝縮された、伝統の直列6気筒エンジン
例えば、BMWを代表する人気モデルである、3シリーズとよく比較されるのが、メルセデス・ベンツのCクラス。BMWは直列6気筒エンジン、メルセデス・ベンツはV型6気筒エンジンを搭載しています。乗り比べの試乗をすると違いがよく分かるのですが、BMWの直列6気筒エンジンは、「シルキーシックス」という異名の通り、乗り心地も、エンジンの吹け上がりもスムーズで、非常になめらかな走りのフィーリングが魅力です。
コーナーでは常に安定した走りで、ドイツ車特有のしっかりとした乗り心地をもたらします。しかし一旦アクセルを踏み込めば、適度にエンジンが存在感を主張してきます。決して車内がうるさいという訳ではなく、心地良いエンジン音が聞こえ、パワーの方からワクワク感を持ってきてくれる、胸のすく伸びやかな走りのイメージ。あ〜、まさにクルマを操っているのだという歓びで満たされます。言い換えれば、BMWはエンジンのフィーリングを愉しむクルマとも言えましょう。
片やメルセデス・ベンツのV型6気筒エンジンは、ちゃんと真面目に走りの仕事をしているのだけれど、さほど存在感を主張せず裏方に徹しているという感じです。ドライバーは、エンジンそのもののフィーリングを味わうのではなく、クルマ全体の安定感や快適性に身を委ねているという気がします。
このように同じドイツ車の2社を比べてみても、それぞれクルマ造りに根本的な考え方の違いがあるようです。BMWは、どの車種シリーズでもこの操る愉しさ、つまりスローガンの“駆けぬける歓び”を体感できるエンジンの味付けにこだわっているのです。
直列6気筒エンジン。スムーズな回転が、シルキー(絹のよう)と例えられることから「シルキーシックス」と呼ばれる。V型6気筒エンジンでは決して真似のできない完璧なバランスが、高回転まで良く回る高出力の回転フィーリングとなり、ドライバーたちを魅了する。
画像出典:https://www.bmw.co.jp/ja/all-models/m-series/m2-coupe/2016/engines.html
“駆けぬける歓び”が凝縮された、FR(後輪駆動)方式
タクシーに乗った時などによく見かけるもの。リアシート中央の足元にこんもりと盛り上がっている、ほら土手みたいなものがあるクルマに乗り合わせることがありますよね。3名で後ろに座った時などは、真ん中の人の足元がどうにも落ち着かない…、なんてことはありませんか? あれは、車体中央の床下を貫通するフロアトンネルと呼ばれるもの。その中には、プロペラシャフトという部品が入っています。これは、フロントに搭載したエンジンの駆動力を、プロペラシャフトを介して、後輪側の駆動輪へ動力を伝えるためのもの。この部品があるためFR方式のクルマは、リアシート足元の中央がもっこりと膨らんでしまうという訳なのです。
BMWは、このフロントエンジン+リアドライブ(後輪駆動)のFR方式にものすごく強いこだわりを持つクルマメーカーです。クルマの運動性能という走りのフィーリングを、ダイレクトにドライバーが握るステアリングに直結できるため、長年に渡ってこのレイアウトを採用してきました。
前述のように、車内が狭くなる、部品が増え車体が重くなる、製造コストが高くなる…。などのデメリットも多いのですが、それ以上に、後輪駆動のFR車にすることにより、ボディー剛性が高くなる、最小回転半径が小さくなる、前後輪タイヤの役割分担(操舵と駆動)ができる、タイヤ性能に余裕が生まれる、高出力大型エンジンが搭載可能などなど…。車内の多少の狭さや高コストと引き換えても、操る愉しさ、つまりスローガンの“駆けぬける歓び”を実践する走りの味付けにこだわっているのです。
FR方式の後輪駆動は、前後重量配分を理想的な50:50にすることができるため、通常の走りから高速走行、さらにはスポーティな走りまで存分に愉しむことが可能。世界中で製造されるFF方式(前輪駆動)の波に流されることなく、各車種シリーズでFR方式を採用している。
画像出典:https://www.youtube.com/watch?v=ba-fl0zE910
“駆けぬける歓び”が凝縮された、前後重量配分50:50
BMWのエンジンルームを開けると見えてくるのが、威風堂々としたあの「直列6気筒エンジン」。おゃ? 心なしか運転席側に、エンジンがめりこんでいる様な感じがしませんか? 結構大きなサイズの6気筒エンジンなのですが、ボンネットの前方には割と余裕がある感じもします。他社のクルマよりもエンジン搭載の位置に特長があるのも、このBMWならではのこだわりと言えましょう。このエンジンレイアウトは、シャシー全体への理想的な重量配分を巧みに実現するために、プロペラシャフトの採用と合わせて、50:50の前後重量バランスの理想的なクルマを実現させています。
一般的に、走りの善し悪しを決定づけるのが、クルマの前後重量配分だと言われています。タイヤ1本の接地面積はハガキ1枚分ほど。この小さい面積にもかかわらず、車重何トンものクルマを支えていることを考えれば、4本のタイヤへ均一に車重が分散されていてこそ、走りの性能を高めることができると言えましょう。そぅ、理想的な前後重量配分50:50を実現するために、エンジンを可能な限り後ろに寄せて搭載しているのがBMWならではの考えです。具体的には、エンジンそのものを前輪よりも少し後ろにずらし、理想的な前後重量配分を実現させています。あらゆる走行シーンでクルマの真ん中に重心があり、誰が運転しても、操る愉しさ、つまりスローガンの“駆けぬける歓び”を実践する走りのバランスにこだわっているのです。
通常はエンジンルーム内に搭載されている重いバッテリーすらもリアトランク内に移動させて、理想とするBMW車両の前後重量配分50:50を実現。BMWは全長が長い直列6気筒エンジンを駆使し、2ドアクーペや4ドアセダンのシリーズでも、理想的な前後重量配分を実現させている。
画像出典:https://www.youtube.com/watch?v=a_gl_GWiufI
そう考えると、BMWは数少ない直列6気筒エンジンの製造メーカーとして、FR(後輪駆動)方式や、前後重量配分50:50の車体設計と合わせて、揺るぎないブランドイメージを確立させています。三位一体、そのどれひとつが欠けても、スローガン“駆けぬける歓び”のアイデンティティが失われてしまうのではないでしょうか。
“駆けぬける歓び”を明文化した、コピーライターの存在
では、“駆けぬける歓び”のフレーズはどこから来たのかも、大変気になるところです。ドイツ本国で使われている「Freude am Fahren」を、日本語の機械翻訳にかけると、「運転の喜び(楽しみ)」または「ドライビングプレジャー」と訳されます。またアメリカ国内で使われている「The Ultimate Driving Machine」の機械翻訳だと、「究極のドライビングマシーン」と訳されてしまいます。しかし、このままでは文章としての精度が低く、BMW Japanのスローガンとして到底使えません。
スローガンの大前提は、
❶覚えやすいこと
❷要点を含んでいること
❸競合との差別化があること
❹ブランドに前向きなイメージを与えることなど…。
それらを踏まえて、BMWのパフォーマンスやクオリティ、企業理念やユーザーメリットなどを含めた内容を、短いフレーズで完成させるのは至難の業といえましょう。
ということで、裏方として企業スローガンの制作を請け負うプロフェッショナルの出番と相成ります。そぅ、コピーライターの存在ですね。ご紹介しましょう!! BMW Japanのスローガン“駆けぬける歓び”をまとめ上げたその人物こそ、(株)ロックスカンパニー主筆、ネーミング&コピーライターの岩永 嘉弘(いわなが よしひろ)氏です。岩永氏は、ネーミングに本格的に携わった、日本で最初のコピーライターとして有名な方。マス媒体などの広告のコピーライティングにとどまらず、ネーミング及びスローガンの世界における第一人者としての評価を確立。企業ブランディングに、新風を吹き込んだ名手でもあります。さてごく一部ですが、岩永氏が制作した、その作品をご覧ください。
◆ネーミング事例として…。MY CITY(新宿ステーションビル)、Bunkamura(東急渋谷)、チキンタツタ(マクドナルド)、SPACIA(東武鉄道)、新生銀行(新生銀行) 他多数…。
◆スローガン事例として…。駆けぬける歓び(BMW Japan)、空から笑顔の種をまく。(Solaseed Air)、世界の言葉。(日本マクドナルド)、ひとりの時間を、大切に。(集英社)、地・求・人です(コマツ製作所)、人を咲かせたい。(旭化成) 他多数…。
どうでしょうか? 記憶に残る名作が沢山ありますね。BMW Japanの“駆けぬける歓び”はスローガンというより、もはやブランドコンセプトに近いものかもしれません。直列6気筒エンジンも、前後重量配分50:50も、FR(後輪駆動)方式も、“駆けぬける歓び”の重要な要素のひとつではありますが、“操る愉しさ”を最重視したアイデンティティを徹底的に貫き、誕生して1世紀もの間、全力を尽くしてきたBMWならではの考えを見事に言い表しています。
※画像出典 BMW Japan
ただ移動するだけのクルマではない、胸のすく走りの歓びをすべてのオーナーに感じて欲しい。これまでも、これからも、永年にわたりずっと使い続けて欲しいブランドコンセプト。それが“駆けぬける歓び”。── BMW Japan