MINIの魅力はたくさんありますが、その中でもやはりスタイリングを最大の魅力として挙げる方が多いのではないでしょうか。かつてのクラシックMINIをモチーフに現代化したスタイルですが実際に並べてみるとサイズが大きくなっているだけでなく、意外に違っている点が多いことに気づかされます。なぜMINIはMINIに見えるのか、同じくかつての名車をリメイクしたもののフェードアウトしてしまったVWビートルとの比較も交えて解説していきます。
直接並べてみると実は意外に似ていないクラシックMINIとMINI
MINIのデザインはもちろんクラシックMINIをモチーフにしていますが、皆様御存知のとおりサイズは随分大きくなっています。参考までにクラシックMINIとMINI(3ドア)のサイズを比較してみました。
全長 | 全幅 | 全高 | |
クラシックMINI | 3,051mm | 1,410mm | 1,346mm |
MINI(初代) | 3,625mm | 1,695mm | 1,475mm |
MINI(2代目) | 3,715mm | 1,685mm | 1,430mm |
MINI(現行型) | 3,835mm | 1,725mm | 1,430mm |
クラシックMINIは今の目で見ると本当に小さなクルマで現代の軽自動車よりもはるかに小さいほどです(※)。
※スズキ・アルト(現行型):全長×全幅×全高=3,395mm×1,475mm×1,500mm
このサイズで当時、大人4人が乗車できるクルマに仕立てあげたクラシックMINIの設計者、サー・アレック・イシゴニスの手腕には今更ながらに驚かされます。しかし時代とともにクルマに対する快適性や安全性への要求は高まり、このサイズで小型車を成立させるのは難しくなりました。他のクルマも時代とともに車体は大きくなっているのでMINIだけが特別サイズアップしているわけではありません。むしろ2000年までクラシックMINIがデビュー当時とほぼ変わらないパッケージを保っていたことのほうが驚異的でしょう。
BMWがMINIを現代のFF車としてバージョンアップするときにもっとも頭を悩ませたのがスタイリングではないでしょうか。クラシックMINIは小さなボディで居住空間を最大にするためにキャビン(居住空間)の割合が大きいので、もしそのまま割合を変えずに大きくしてしまうと現在のミニバンのようなプロポーションになってしまうはずで、MINIらしさは薄れてしまうでしょう。
一方、クラシックMINIの魅力はコンパクトなボディに広い室内空間を備えた革新的なFF乗用車という面ともう1つ、ラリーなどでも活躍して上のクラスを喰ってしまうほどの操縦性を備えたスポーティな小型車という面もあります。BMWはMINIを復活させる際に後者をデザインに反映させたのです。そしてプロポーションは大幅に変更して、キャビンを除いたボディ自体をワイド&ローに仕上げることでスポーティなイメージに仕上げました。もちろんクラシックMINIの伝統的なアイコンである丸目のヘッドライトとグリルは残したままです。この巧みなデザイン処理によってMINI(初代)は大成功を収め、そのデザイン手法は2代目、そして3代目となる現行型まで引き継がれています。
デザインのポイントはキャビン
MINIに見えるデザインのポイントは?と聞かれると「丸目のヘッドライトとメッキのフロントグリル」と答える方は少なくないでしょう。もちろんそれらはMINIのチャームポイントであり、大事な要素には違いありません。しかし丸目のヘッドライトとメッキのフロントグリルをつければMINIのように見えるかというと、決してそうとも言い切れません。
かつて日本では軽自動車やコンパクトカーに丸目のヘッドライトとメッキグリルをつけて化粧直しした「レトロカー」が流行ったことがありました。それらはほぼ全てのクルマがMINIと同じ2ボックスのハッチバックでしたが決してMINIのようには見えませんでした。
実はMINIのデザインのポイントはキャビンにあります。最近のクルマは空力を考慮してフロントガラスの傾斜が強くなる傾向がありますが、MINIは比較的フロントガラスが立ち気味でこれがクラシックなイメージにつながっているのです。MINIの運転席に座ったとき、フロントガラス越しに見える景色が他のクルマとちょっと違う印象になるのもこのためです。
そのフロントガラスから水平に薄いルーフが伸びてリアガラスが垂直になっている様もクラシックMINIと同じです。ルーフを丸めてリアガラスになだらかな傾斜をつけてしまったらもうMINIに見えなくなってしまうのです。
分かりやすい例として現代のコンパクトカーの代表車種、BMW 1シリーズとMINIクラブマンを比較してみましょう。
全長 | 全幅 | 全高 | ホイールベース | |
MINIクラブマン | 4,270mm | 1,800mm | 1,470mm | 2,670mm |
1シリーズ | 4,335mm | 1,800mm | 1,465mm | 2,670mm |
比較対象として3ドアではなくクラブマンを選んだのは、この2台、実はクルマの基本となるプラットフォームが共通だからです。全長こそ1シリーズの方が若干長くなっているものの、全高はほぼ同じ、全幅とホイールベースについては全く同じです。プラットフォームが共通ということは搭載するエンジンや変速機のレイアウトも共通なので前輪の中心から運転席の各ペダルまでの距離もほぼ同じになります。前輪の位置を揃えるとクラブマンのほうがフロントウインドウの角度が立ち気味になっていることが画像からも理解いただけるでしょう。クラブマンは水平なルーフとサイドウインドウ、垂直気味なリアウインドウでMINIらしさを演出し、一方の1シリーズはリアに向けて駆け上がっていくようなサイドウインドウグラフィックとなだらかな前後ウインドウで現代のコンパクトカーらしいスポーティなイメージにまとめています。もし1シリーズのキャビンをクラブマンに載せ替えてしまったらMINIらしさが消えてしまうはずです。
MINIと同様の例がポルシェ911です。ポルシェ911も長い歴史の中で代を重ねることでサイズは拡大し、スタイリングは随分変化しました。しかしフロントガラスからなだらかなカーブを描くルーフラインとキャビンのデザインは最初の911のイメージのままです。奇遇とはいえクルマの2大アイコンともいえるMINIと911がいずれも同じ手法でオリジナルのイメージをキープしているのは興味深いですね。
VWビートルはなぜ支持されなかったのか
名車リメイクの例ではVWニュービートルがデビュー時期も比較的近いことから、よくMINIの比較対象として挙げられます。VWニュービートルの登場は1998年、かつての名車VWビートル(正式名称はVWタイプ1)に似せた愛らしいデザインで一躍人気を集めヒット作となりました。2011年には名称を「VWザ・ビートル」と改めてモデルチェンジしましたが先代ほどの支持を得られず、モデルチェンジされることなく2019年に生産を終了しています。
なぜVWビートルはMINIのような支持を得られなかったのか?その最大の理由は車体のパッケージングにあります。オリジナルのVWビートルはエンジンをリアに置き後輪を駆動するRR(リアエンジン・リアドライブ)を採用していました。今でこそRRは少数派ですが、VWビートルが生産を開始した1945年当時、FFは技術的にまだ難しかったので駆動系とエンジンをコンパクトにまとめられるRRは比較的ポピュラーな方式だったのです。
しかしVWニュービートルはRRを採用せず、VWゴルフのプラットフォームを流用したFF車となりました。そして、スタイリングはオリジナルのビートルに似せたデザインを採用しました。RRだと前にエンジンやトランスミッションがないのでフロント部分は短くできるのですがFFだとそうはいきません。そこでVWがどうしたかといえば、運転席の位置はそのままにフロントウインドウの位置を前に押しやってしまったのです。実際にVWニュービートルの運転席に座るとフロントウインドウが遥か先にあり、目の前に巨大なダッシュボードがあるという異様な風景が広がっていました。それほど大きいクルマではないのにも関わらず車両感覚がつかみにくく運転しづらかったのを私自身も覚えています。さらに下がったルーフラインのせいで後席の居住性も決してほめられたものではありませんでした。
本来はオリジナルのビートルに似せたデザインにするならばRRを採用するべきだったのですが、もともとメキシコで生産していた安価なオリジナルビートルの代替にするという意図もあったので新規のプラットフォームを立ち上げるようなコストのかかることはできなかったのでしょう。ザ・ビートルになり多少は改善されたもののFFであることに変わりはなかったので根本的な解決には至らず、「かっこだけのクルマ」という評価は変わらなかったようです。
「変わらない」しかし「変わり続ける」MINIのスタイリング
クラシックMINIを設計したサー・アレック・イシゴニスは決して「可愛いクルマ」を作ろうとしていたわけではありません。彼がつくりたかったのは大人4人が乗れるミニマムトランスポーターで当時の最新FF方式を採用した革新的なクルマだったはずです。
VWザ・ビートルはオリジナルの持っていた本質を捨て、スタイリングだけを真似て失敗に終わりました。日本車でもMINIのデザインだけを真似たクルマは何台も登場しましたがいずれも一時期の流行商品に終わっています。
MINIのスタイリングを支持され続けているのは、表面的なスタイルではなく、その裏側にしっかりとMINIのスピリットが受け継がれているからではないでしょうか。