BMWの中核モデルといえる5シリーズが大掛かりなマイナーチェンジを行いました。先に3シリーズに搭載されたハンズオフ機能はもちろん、全方面にわたりアップデートが施されましたが中でも注目の装備が米国アップル社との共同開発により世界に先駆けて採用されたBMWデジタル・キーです。今回はこのBMWデジタル・キーと、そこから広がるクルマのデジタル化について解説していきます。
登録方法は簡単!モバイルSuica・PASMOと同じ
BMWデジタル・キーの登録方法は簡単です。まずこの機能に対応するiPhoneを用意してAPPストアからBMWが配信する「BMW Connected」アプリをインストール、BMW IDを入力してログインし、自分のBMW車を登録します。後はアプリに従ってペアリングすればBMWデジタル・キーの登録情報が「ウォレット」に追加されます。すでにiPhoneでSuicaやPASMOを使っている方であればお馴染みの手順でしょう。ただし、最初の登録時にはインターネットにつながる環境でBMWのシートに座り、実体キーを2本とも手元に置いた状態で行う必要があります。
ドアを解錠するにはiPhoneをドアハンドルに近づけるだけ。iPhone本体の無線通信機能を利用するため圏外の場所であっても問題ありません。「エクスプレスモード」に設定しておけばiPhoneの画面を表示する必要がないのもモバイルSuica・PASMOで自動改札を通るのと同じ要領ですね。車内に乗り込んだらスマートフォントレイに置いてスタートボタンを押せばエンジンがかかります。
BMWデジタル・キー、便利なのは分かったけれど、もしiPhoneがバッテリー切れになってしまったらどうしよう…と心配される方もいらっしゃるかもしれません。しかしアップルによればiPhoneのバッテリーが切れたままでも最大5時間はキーとして使えるとのことです。普段、iPhoneでPASMOやSuicaを使っている方ならご存じのとおり、iPhone(iPhone XS、iPhone XS Max、iPhone XR以降のモデル)を「エクスプレスモード」設定しておけば予備電力が使えるのです。
もちろんバッテリー切れから5時間以上が経ってしまうとiPhoneではドアが開かなくなります。念のためバッグの中には専用キーを入れておいたほうが良いかもしれません。
乗る人に合わせてパーソナライズできる
BMWデジタル・キーには最大5人までiPhoneを使ったキーを共有することができるようになっています。その方法も難しい操作は不要で、共有したい相手のiPhoneにiMessageを送信して招待するだけ。画面に従ってユーザー登録すれば手続きは完了します。パートナーと、あるいは家族でBMW車を共有されている方も多いかと思いますが、対応しているiPhoneユーザーであればキーをいちいち共有する必要はなくなります。もちろん、万一のトラブルに備えてオーナーのiPhoneや車内のインフォテインメントシステムを使ってそれぞれのユーザーを無効化することも可能です。
この機能を使えば複数のユーザーでさまざまなクルマを共有化することも簡単になります。この機能が拡大されれば、例えばZ4には乗りたいけれど2シーターだといざというときに不便だし、ウィンタースポーツも楽しみたい…と考えている方が3シリーズやX3のユーザーとお互いに共有化することでその悩みから開放されることになります。そうなれば、もっと自由で大胆なクルマ選びも可能になるでしょう。
さらにキーを共有する相手によってBMW車そのものをパーソナライズすることもできるとのことです。免許取り立ての自分の息子に愛車のキーを渡すのはちょっと心配ですが、エンジンの回転数を制御してパワーや最高速度を抑え、ダイナミック・スタビリティ・コントロールなどの安全機能をいじれないような設定にすることまでできます。(※制限できる機能は搭載するモデルによって一部異なります。)
カーシェアサービスへの応用など、BMWデジタル・キーを利用した新たなビジネスなどもどんどん広がっていきそうですね。
対応車種は今後拡大予定、将来は近づくだけで解錠も可能に?
アップルが2020年6月に開催したオンラインの世界開発者会議、「#WWDC20」において5シリーズに世界初搭載されることがアナウンスされ、さらにBMWでは世界45カ国で導入されるBMWデジタル・キーを導入することも明らかにしています。対応車種は2020年7月1日以降に生産される1、2、3、4、5、8シリーズ、M5、M8、X5、X6、X7、X5M、X6M で順次搭載されていく模様です。これら以外の車種についてはモデルチェンジのタイミングで装備されていくのかもしれません。
現在のBMWデジタル・キーにはNFC(近距離無線通信規格) という技術が使われています。その名のとおり数㎝程度の近距離でiPhoneをかざすことでさまざまな機器と無線通信を行うものですが、将来的にはUWB(超広帯域無線)に移行していくと言われています。
アップルが表現するところによれば「リビングルームほどの広さの空間で機能するGPS技術」ということで、現在のBluetoothをもっと強化したものと考えれば分かりやすいかもしれません。アップルではすでにこの機能に対応した「U1」というチップの独自開発に成功しており、すでにiPhone 11シリーズ以降のモデルに搭載済です。現状ではスマホなどのモバイルデバイスとクルマの連携に関する標準規格とされる「Digital Key Release 2.0」に準拠する必要があるためにUWBにはまだ対応していません。
しかし、次世代となる「Digital Key Release 3.0」ではUWBとBluetoothの発展版であるBLE(省電力Bluetooth)に対応していくと言われています。BMWデジタル・キーがUWBに対応することにより、iPhoneやアップルウォッチを身につけてさえいればBMW車に近づいただけで自動的にドアのロックを解除することも可能になります。セキュリティ面でも現在のリモコンキーやNFCを使用したデジタルキーよりも強化されるとのことです。
ちなみに、この標準規格はBMWをはじめとした世界の自動車業界と、アップルに代表されるIT業界の主要企業が参加したCar Connectivity Consortium(CCC)によって定められたものです。自動車業界とIT業界の垣根は徐々に低くなっているのかもしれません。
スティーブ・ジョブズの夢見た、まだ見ぬ世界へ
2017年12月、一台のBMW Z8がN.Y.のマンハッタンで開催されたSotheby’sのオークションに出品され話題を呼びました。「007 ワールド・イズ・ノット・イナフ」でもボンドカーとして使用された名車ですが、新車販売価格 約12万8,000ドル(約1,430万円)に対し、ついた落札価格はなんと約3倍の32万9,500ドル(約3,730万円) !
これほどのプレミアム価格で取引されたのはこのZ8の元オーナーがアップルの共同創業者、スティーブ・ジョブズ氏だったからです。ジョブズ氏は2000年10月から2003年までの約3年間、このZ8を愛車にしていたそうです。Z8をジョブズ氏に勧めたのは友人でアメリカの大手ソフトウェア企業、オラクルの創業者であるラリー・エリソン氏で、「Z8とアップルの製品哲学には共通するものがある」というのが勧めた理由だったといいます。
クルマ好きで知られたジョブズ氏とその右腕ともいえるアップルの(元)デザイナーで熱狂的な自動車マニアのジョナサン・アイブ氏(初代iMacやiPod、そしてiPhoneのデザイナー!)はアップルで自動運転のクルマ、「iCar」を計画していました。ジョブズ氏の死後もそのプロジェクトは継続されていました(BMW i3をベース車両に使う、という噂まで!)が、どうやら自動車本体の開発からは撤退した模様です。今後の展開は不明ですがAIによる自動運転技術の開発に注力するほうに舵を切ったというのがもっぱらの見方となっています。
そんなアップルが世界初のデジタル・キーのパートナーとしてBMWを選んだのは非常に興味深いことだと思いませんか。BMWデジタル・キーの登場はスティーブ・ジョブズ氏が夢見た新しいクルマの世界を開く、文字どおり「鍵」となるのかもしれません。