いよいよラストラン、新世代スーパーカーi8が我々に遺したもの

2020年6月25日、鮮やかなボディカラーをまとった18台の 「i8」が独ライプツィヒの工場からそれぞれのユーザーへと旅立って行きました。この18台は「i8」の最終生産車でした。生産終了にあたり「アルティメット・ソフィスト・エディション」と名づけられた世界200台限定のモデルもリリースされましたが、この18台はそれとは異なり、ユーザーとメーカーの協力によりカスタマイズされた特別な「i8」です。このスペシャルな18台のラインアウトには「i8」オーナーズクラブメンバーも駆けつけて最後を見送ったそうです。

総生産台数は2万台を超え、新車価格が約2,000万円のスーパースポーツカーとしては異例のヒットとなった「i8」、生産終了を機に改めて振り返ってみましょう。

「i8」はプラグインハイブリッドのスポーツカーの究極

画像引用:https://www.bmw.com

「i8」のもとになったのは2009年のフランクフルトモーターショーで発表された「ヴィジョン・エフィシエント・ダイナミクス」というコンセプトカーでした。デザインは若手のデザイナーが担当し、それをベテランの日本人デザイナー、永島譲二氏が最終的な仕上げを担当したものです。もちろんディテールは「i8」と異なっていますが、2+2シーターのスポーツカーで跳ね上げ式のドアという基本はこの段階から変更はありません。

BMWでは当初、このコンセプトカーを生産化する予定はなく、あくまでデザインのスタディモデルだったようです。しかしフランクフルトモーターショーでの反響があまりにも大きかったことから市販化することを翌2010年にアナウンスしたのです。

2013年にいよいよプラグインハイブリッドカーとして「i8」がデビューします。ハイブリッドカー=エコだけど退屈、という思い込みを「i8」はあっさり裏切ります。エンジンはわずか1.5Lの直列3気筒ターボですが、最高出力は231PSに達します。1シリーズに搭載される最新版のものでも最高出力は140PSなので、実に100 PS近くパワーアップされています。これだけハイチューニングされたエンジンだと低速での扱いがシビアになるはずですが、「i8」はハイブリッドカーなのでモーターがあり、低速トルクについては割り切ったということなのでしょう。

アクセルを踏み込むとすぐにモーターの強力なトルクが立ち上がり、そこからスピードを上げていくとガソリンエンジンにバトンタッチ、さらに高速域までシームレスに加速しています。最高速こそリミッターが利くために250km/hですが、加速は強烈。0-100km/hは4.4秒と加速には定評のあるポルシェ911カレラ並みのタイムを叩き出します。

フロントのモーターとリアの1.5Lターボエンジンを合わせたシステム合計最高出力は370PS、それでいてJC08モードで15.9km/Lとハイブリッドならではの燃費の良さ。さらにヨーロッパ式の計算方法だと100kmを走行するのに要する燃料はわずか2.5Lとなっています。もちろん単なる直線番長ではなく重いバッテリーを車体の中心の低い位置に置いたことによる超低重心レイアウトで異次元のハンドリング性能を実現しています。それでいて悪天候にも強い4WDと、「i8」はプラグインハイブリッドスポーツカーとしては究極のカタチと言えるのではないでしょうか。

このデザインで4人乗り?緻密なパッケージング

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「i8」で何が驚きかと言えば、このデザインでリアシートがあるということではないでしょうか。もちろん空間としてはおせじにも広いとは言えず大人が乗るにはエマージェンシー用の粋を出ませんが、それでもいざというときに4人乗れるというのは大きなメリットですし荷物置きスペースとしても有効です。こういったスポーツカーでリアシートを設定しているのはRRを採用しているポルシェ911ぐらいで、他のミッドシップレイアウトを採用したスポーツカーはいずれも2シーターです。「i8」はスポーツカーでありながら4人乗りのGTカーとしても使えるのです。

エンジンを車体の中央に搭載するミッドシップレイアウトはスーパーカーの定番で重量物であるエンジンを車体の中央に搭載することで、とくにコーナーリングでの旋回性能の面で有利です。スタート時にもエンジンが重りとなって後輪に荷重がかかるので加速性能も向上します。F1を頂点としてレーシングカーがすべてミッドシップなのは理由があるのです。もちろんフロントにエンジンが存在しないことでノーズを低くできてスポーツカーらしいエクステリアデザインに仕上げられるのも大きなメリットです。

一方でミッドシップのデメリットはなんといってもエンジンが居住空間に食い込んでくることでしょう。ポルシェもリアエンジンの911はリアシートがありますが、ミッドシップのケイマンでは2シーターです。

「i8」は写真だとそう見えないかもしれませんが、実際にはそれほど大きなクルマではありません。全長×全幅×全高=4,689×1,942×1,293mmというサイズは、全幅こそ広いものの全長で見れば現行のBMW3シリーズ(4,715mm)より少し小さく、2シリーズグランクーペ(4,535mm)より少し大きい程度で、全高が極端に低いこともあり一層コンパクトに見えます。

このサイズでミッドシップ、しかもリアシートまで設定するというのは相当難易度が高いはずですが、「i8」は2,800mmというロングホイールベースとコンパクトな直列3気筒1.5Lエンジンを採用することで解決しています。この辺りの理詰めなアプローチはさすがにドイツ車という感じですね。

またスーパーカーらしさ全開のシザーズドア(ガルウイングドアの一種)ですが、両側を開いても側面への張り出しはわずか45cmに過ぎません。もちろん着座位置は低いのでミニバンのように楽々乗り込めるというわけにはいきませんが、通常のヒンジ式ドアよりも張り出しが少ないので狭い場所でも乗り降りが可能です。

さらにスペースは限られるものの、ちゃんとリアに荷室を用意しています。デビュー時にはこの荷室とリアシートにぴったり入るバッグもオプションで用意されていました。ちなみに制作はあのルイ・ヴィトンです。バッグだけでもプレミアがついてしまいそうですね。

生産技術がすごい

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「i8」のボディは一般的なスチール製ではありません。ボディの基本となるシャシーはBMWが「ドライブモジュール」と呼ぶアルミダイキャスト製、人が乗るキャビンの部分は「ライフモジュール」と名づけられたカーボンファイバー製です。

カーボンファイバー(CFRP)は航空機などではすでに一般的ですが量産車で大々的に使用するのは「i8」と「i3」が初めてで、スチールよりも軽いと言われているアルミよりもさらに軽量で強い素材です。スチールと比べると強度は10倍、重量は3分の1以下で済むと言われています。ハイブリッドカーやEVは大型のバッテリーを積む関係上、どうしても車体が重くなりがちですが、この特殊なボディ構造を採用したことにより「i8」の車重は約1500kgに収まっています。車体サイズが近い2シリーズM235i xDrive グランクーペ(4WD)が1,570kgだと言えば、いかにハイブリッドの「i8」が軽く仕上がっているかご理解いただけるでしょう。

アルミとCFRPを結合するためにはスチールのような溶接ができないため、ボルトと構造接着剤を使用するという特殊な工程を必要とします。当然、通常の工場では対応できないので、BMWでは「i8」及び同じ製造工程が必要な「i3」のためにライプツィヒに新工場を建設しました。アルミの精製には大量の電力を必要としますが、この工場には敷地内に4基の風車を設置して風力発電で得たエネルギーですべてまかなっています。ちなみに余談ですが、この工場のデザインは新国立競技場のデザイン案で有名な故ザハ・ハディド氏の設計による独創的なものです。

こんな所に「i8」!パトカー、東京マラソン、そして「ミッション:インポッシブル」?

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「i8」のパトカーがある、と言うと「嘘!」という反応が返ってきそうですが本当です。中東のドバイでは2015年3月11日に「i8」をパトロールカーとして導入しました。白いボディにグリーンのストライプをまとった「i8」はなかなかクリーンな印象で意外なほど似合っていました。ミニカーのトミカでも限定でこのドバイ警察仕様の「i8」が販売されていましたね。ちなみにドバイ警察では「i8」以外にも世界中のスーパーカーをパトカーに採用していることで有名で、フェラーリFFをはじめ約2億円!のブガッティ・ヴェイロンやベントレーコンチネンタルGT、そして日本からは日産GT-Rとそうそうたる名車がラインナップされています。

市民ランナーの憧れ、約3万人が東京の街を駆け抜ける東京マラソンをBMWでは長年にわたりサポートしており、大会関係車両にも数多くのBMW車を提供しています。中でも一番の花形といえばランナーの前を走る先導車ですが、2014年に「i8」、2018年には「i8」ロードスターと過去2回登場しています。2018年の「i8」ロードスターは日本での初披露となるのに加えて、第「8」回大会になぞらえて採用されたとのことです。マラソンのトップランナーが走るスピードは約21km/h、このスピードであれば「i8」ロードスターはEVモードなので排気ガスを出しません。モーターのみでも54.8km走行可能なのでフルマラソンの42.195kmであればじゅうぶんお釣りがきます。車高が低くランナーの視界をさえぎらないのでマラソンの先導車は適任だったかもしれませんね。

そして「i8」はスクリーンの上でも活躍を見せました。トム・クルーズ主演の人気シリーズ、「ミッション・インポッシブル」の第4作「ゴースト・プロトコル」(2011年公開)でのクライマックスでトム・クルーズ演じるイーサン・ハントが「i8」を駆りカーアクションを繰り広げます。

ところで、映画の公開が2011年と聞いて「あれ?「i8」のリリースは2013年では?」と思われた方はいらっしゃいませんか?そう、実はこの映画で使用された「i8」は市販モデルではなく、その年の東京モーターショーでも公開されたコンセプトモデルなのです。「ミッション:インポッシブル」シリーズはBMWとコラボレーションしていますが、その第1作となったのがこの「ゴースト・プロトコル」でした。世界に一台だけの貴重なコンセプトモデルを派手なカーアクションに使用できるのもBMWとの協力関係あってのことだったのでしょう。

「i8」の技術は継承されていく

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「i8」は単にミッドシップのスーパーカーというだけでなく、次世代につながるさまざまな新技術へのトライが行われました。それはこれまでのスーパーカーのように単に速さや豪華さを求めるのではなく、クルマとして持続可能な社会にできることはないのかと真剣に考えた結果がハイパフォーマンスでありながらサステナブルな「i8」なのでしょう。もちろん、BMWとしての走りの楽しさは少しも失わずに。

「i8」で培われた新技術はこれから登場するBMWの各車種にも形を変えて継承されていくはずです。そういった意味でも「i8」はBMWの歴史の中で、ターニングポイントとなるクルマとして長く記憶される一台となっていくのでしょう。

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