BMW「R5」が現代に蘇るとしたら、BMWファンだけではなく多くのバイクファンが歓喜するのではないでしょうか。そして、その夢のような瞬間が2019年5月に訪れました。なんと、BMWは「R5」をベースとしたカスタムコンセプトモデルを市販化も視野に入れる形で発表したのです。多くのファンが歓喜を持って迎えたカスタムコンセプトモデルの名前は「Concept R 18」。
現代に蘇った名車「Concept R 18」がどのような魅力を持つのか、詳しくみていきましょう。
バイク史に残る名車
往年のバイクファンならばBMW「R5」と聞いて、すぐに独特なフォルムを持ったバイクを思い出すのではないでしょうか。そもそもBMW「R5」が販売されたのは1936年と約83年前であり、オートバイクの黎明期とも呼ぶべき時代のことなのです。では、なぜBMW「R5」はバイクファンの間で長きにわたって愛されてきたのでしょうか。それは、BMW「R5」が現代のバイクへとつながる大きな転換点を作った一台であり、今も若い世代の心を掴むほど魅力あるデザインを持っているからです。
そもそも、BMW「R5」以前のバイクというのは基本的に“シングルクレードルフレーム”と呼ばれているフレームが主流でした。フレームはバイクの基本設計の1つであり、エンジンの周りを囲むようにして設置されている土台のようなものです。分かりやすく言い換えるなら、人間でいうところの骨格に当たります。そして、このフレームこそがバイクの剛性や走行性能に直結すると言っても過言ではないほど重要であり、バイクが進化していく歴史においても重要な役割を担ってきました。
現在では、BMWを中心として従来のフレームを使用しない“フレームレス”と呼ばれるモデルのバイクも増えてきています。そのようにバイクの設計に力を入れているBMWが当時最先端の“ダブルクレードルフレーム”を最初に取り入れたモデルが「R5」なのです。
“ダブルクレードルフレーム”は、当時主流だった“シングルクレードルフレーム”と比較しても剛性面や設計幅が広いことから優れたフレームと評価されており、現在でも多くのバイクで“ダブルクレードルフレーム”をベースとしたものが採用されています。
“R5”が生み出した現代のスタンダード
前述したようにBMW「R5」が“ダブルクレードルフレーム”を採用したことは画期的でしたが、それ以上に大きな役割を果たしたものがありました。それは、世界で初めて市販車で“フットクラッチ”を採用したことです。現在のバイクに乗っている多くの人が当然のように使用しているのが“フットクラッチ”と呼ばれているギアチェンジシステムです。
みなさんはバイクに乗っているときに、左手のレバーでクラッチを操作すると同時に左足でシフトチェンジを行っていると思います。足を用いたシフト操作は日常生活における歩行と同じく、バイクに乗る上では当たり前の動作です。
しかし、第二次世界大戦直後までのバイクにおけるシフトチェンジは手で行う、“ハンドシフト”が常識でした。正確にいうと、足でクラッチを操作しながら手でシフトチェンジを行うという機構です。つまり、クルマでいうところのマニュアル車と同じような操作をバイクでも行っていたということなのです。現在では“ハンドシフト”を行う市販車は姿を消してしまっており、カスタムカーや旧車で見かけることができる希少なものとなっています。
では、なぜ“フットクラッチ”を採用したことが画期的だったのでしょうか。それは、フットクラッチによって操作性が格段に向上したからです。当時の手で行うシフトチェンジには、いくつかの難点がありました。1つは、非常にシフトチェンジが“重い”こと。もう1つは、安定性に欠けることでした。シフトチェンジが“重い”というのは、シフトチェンジの動作を行うときに適切なギアへと切り替える動作に力を必要とするということです。そのような動作を走行中に行わなければならず、ただでさえバランス感覚の難しいバイクにとっては致命的なものでした。
そこで世界中のメーカーが研究していたのが現在使われている“フットクラッチ”であり、BMWが世界で初めて「R5」に搭載することに成功しました。そして、BMWの誇りでもあった“OHVボクサーユニット”のエンジンを積んだ「R5」は、ドイツのアウトバーンで当時最高速度を誇ったスポーツカーと同等以上に走れた唯一のバイクとなったのです。
BMWの誇り
BMWといえば、車体デザインや独自開発のパーツなど高い技術力が魅力的なメーカーですが、何といってもエンジンにかけている情熱は世界のトップメーカーの中でも群を抜いています。そして、BMW製のバイクといえば“ボクサーエンジン”という愛称で呼ばれている、水平対向エンジンが非常に有名です。
「R5」で採用されたエンジンも水平対向エンジンでしたが、現在では当時と比較にならないほど排気量が拡大しています。
そんな進化を遂げているエンジンを軸にして、再びBMWの原点とも言える名車を復活させます。「他社には真似できないヒストリーがあり、具体化しない理由はない」という言葉の下、2019年5月にイタリアのコモ湖畔で開かれた“ヴィラ・デステ”で「Concept R 18」が発表されたのです。
登場するや否や1800ccの巨大なボクサーエンジンの音が会場に響き渡ると、多くのファンが歓喜の声を上げました。それもそのはずで、BMWは2017年の大阪モーターサイクルショーで「R5 Hommage」という「R5」をベースとしたコンセプトモデルを発表しており、多くのファンが再びの復活を待ち望んでいたのです。
期待を裏切らない完成度
多くのファンが期待していただけに「Concept R 18」へのプレッシャーも大きなものでしたが、そのプレッシャーを跳ねのけるかのように完成度の高さを見せつけています。1800ccの巨大なボクサーエンジンはもちろんのこと、フロントタイヤ21インチ、リアタイヤ19インチというスポークホイールやエキゾーストマニホールドなど、50年代を思い起こさせる数々のディテールが見る人を圧倒させたのです。とくに、すべてを見せるように美しく仕上げられたパーツの中でも、オープン・シャフト・ドライブやプッシュロッドなど、原点である「R5」が持っていた要素を現代風に解釈したデザインセンスには、BMW自らがカスタムしたという心意気と魂が宿っているようです。
そして、その完成度の高さに裏付けられた圧倒的な存在感をもつ「Concept R 18」は、2020年を目標として市販化も検討していると発表されました。もちろん、量産化をする上でコストを計算したデザインへと変更されることは予想されますが、あえて「R5」をベースとしたバイクをつくることで世の中へと“デジタル化されていくバイクの将来、そしてBMWが保有するアナログ技術の遺産の未来”というメッセージを発信しようとしていることからも、デザイン性と性能の高さという点で妥協することはなく、揺るがないものとなることでしょう。
BMWがバイクづくりを続ける価値
「R5」を着想ベースとして造られた「Concept R 18」は、なぜ2020年の販売を目標としているのでしょうか。そこには、バイクだけでなく乗り物すべてにデジタル化の波が大きく訪れており、その激しい潮流にある2020年にBMWが自らの歴史と見据えている未来を発信するためだと述べています。とくに、バイクの原点とも言える1950年代のデザインを保持しながらも、最新の装備を搭載しているというところに“革新性と歴史の共存”を「Concept R 18」で体現しようとしています。そして、そのBMWが思い描いている未来に、わたしたちは改めてBMWの哲学を感じ取るバイクに乗ることができるのです。そして、それこそが「Concept R 18」が未来の一台へとつなげた“最高の一台”となることを期待して待つこととしましょう。