BMWでは1976年のジュネーブ国際モーターショーで発表した6シリーズ以来、常にフラッグシップモデルとしてビッグクーペがラインナップされています。
クーペはクルマの中でも古典的なスタイルとされていますが、6&8シリーズはその伸びやかなデザイン、ラグジュアリーなインテリア、そして卓越した動力性能で多くのファンを魅了してきました。
今回は、6&8シリーズの華麗なるヒストリーについて解説していきます。
あの名優も愛した?「世界一美しいクーペ」と称された初代6シリーズ
初代6シリーズは1976年のジュネーブ国際モーターショーで発表されました。ワイド&ローのボディに細いピラーで構成された繊細なキャビンが乗ったエクステリアデザインは「世界で一番美しいクーペ」と評され、現在でも世界中に愛好者がいるほどです。
世界中のメーカーが影響を受けましたが、国産車でもトヨタ「ソアラ(初代、2代目)」や日産「レパード(2代目)」、ホンダ「プレリュード(2代目、3代目)」などは、いずれもクーペの要とも言えるキャビン部分のデザインに初代6シリーズの影響を感じさせます。
上の画像はBMWミュージアムに保管されている、アメリカの芸術家、ロバート・ラウシェンバーグ氏によるアートペイントを施した「635CSi」ですが、アートとのマッチングも最高ですね。
ところで、「007シリーズ」をはじめ、「アンタッチャブル」や「薔薇の名前」などの名作映画に出演し、2020年10月に惜しまれつつこの世を去った名優、ショーン・コネリー氏。実はコネリー氏が生前に初代6シリーズのオーナーだったことをご存じでしょうか。コネリー氏が所有していた初代6シリーズがオークションに出品され、話題を呼んでいます。
このクルマは1986年式の「635CSi」で、コネリー氏は1989年に当時住んでいたスペインでこのクルマを入手したようです。スペインに在住していた10年間に乗っていたようですが、その後はコネリー氏の元を離れ、イギリス、そしてルクセンブルクで保管されていたとのことで、走行距離はわずか6万kmでした。
オークションに出品された写真を見る限り、純白のボディはまるで新車のようで、丁寧に扱われて保管されていたことがよく分かります。傷やサビなどもなく、ペイントも一部を除き基本はオリジナルのままということです。もちろん走行距離が短いこともありますが、コネリー氏が実際に使用していたというスペイン、アンダルシア地方のリゾート地、マルベーリャの穏やかで乾燥した地中海沿岸ならではの気候も幸いしたのではないでしょうか。
もちろん、インテリアも新車のような状態をキープしています。交換されているのは天井ぐらいで、カーペットやマット、ドアカード、センターコンソール、ダッシュボードまで、すべてがオリジナルの状態がタイムマシンに乗ってきたかのように綺麗なままです。唯一の劣化と言えるフロントシートの一部にできたしわは、身長188cmと言われたコネリー氏が実際にハンドルを握っていた証と言えるかもしれません。保管されていたルクセンブルクのお隣、ベルギーで2016年に開催されたBMW100周年イベントにも登場していたようです。
コネリー氏がこのクルマを所有していたという1989年から1999年にかけては「インディ・ジョーンズ/最後の聖戦」や「レッド・オクトーバーを追え!」をはじめ、ほぼ毎年映画が公開(中には年に2本!)されるなど、精力的に俳優活動を行っていた時期に当たります。そんな状況では、スペインの自宅に戻ってゆうゆうとハンドルを握る、という時間はなかったのでしょう。
このコネリー氏所有の6シリーズのオークションは2021年1月16日に締め切られたそうですが、誰がいくらで落札したのか、BMWファンなら非常に気になるところですね。
新時代のビッグクーペ、初代8シリーズ
画像はBMWミュージアムに保管されている、イギリスの芸術家、デイヴィッド・ホックニー氏によるアートペイントを施した「850CSi」です。
初代6シリーズと入れ替わるように1989年のフランクフルトモーターショーでデビューしたのが初代8シリーズでした。
リトラクタブル・ヘッドライトを採用したウェッジシェイプスタイルの鋭いノーズが印象的です。BMWではリトラクタブル・ヘッドライトの採用はM1とこの初代8シリーズの2車種しかありません。M1は市販車といっても、モータースポーツのホモロゲーション獲得のためにつくられた特殊なクルマなので、市販車としては実質的に8シリーズが唯一の採用例と言えるでしょう。
イタリアンスーパーカーに採用され、一時期は日本でも大流行したリトラクタブル・ヘッドライトですが、安全基準(歩行者保護)やコスト、そしてLEDライトなど明るく小径のライトが登場したことにより今後復活する見込みは薄いことから、初代8シリーズがBMW市販車としては、最初で最後のリトラクタブル・ヘッドライト採用車となりそうです。
低く長いフロントノーズの下には「 750i/iL」に続き、戦後のドイツ初となるV型12気筒SOHCエンジンが搭載され、名実共にBMWのフラッグシップクーペとなりました。
一見、初代6シリーズとはうって変わってアグレッシブな印象を受ける初代8シリーズエクステリアデザインですが、Bピラーのないすっきりした2ドアハードトップスタイルのキャビンを見れば、初代6シリーズの伝統がしっかりと受け継がれていることがよく分かるのではないでしょうか。
8シリーズからバトンタッチ!6シリーズが復活
初代8シリーズは1999年まで生産されましたが、それからやや時間を置いてバトンタッチするように誕生したのが、実に14年ぶりの復活となる2代目6シリーズです。初代8シリーズとは一転、固定式ヘッドライトを備えたクラシックなスタイルの2ドアクーペになりました。
このモデルでは2ドアクーペに加え、カブリオレも追加されています。オープンカーのルーフは閉じたときにベースになったクーペよりもなめらかさが今ひとつ、というクルマも多い中、2代目6シリーズのカブリオレは2ドアクーペと遜色ない美しいルーフラインを保っていました。
また、現在のBMW車ではおなじみになった、オーダーメイド感覚で好きなボディカラーやインテリアの素材を自由にチョイスできるBMW individualが採り入れられたのもこの2代目6シリーズからです。
伸びやかなフロントノーズの下にはBMW伝統のシルキーシックスこと3.0L 直列6気筒エンジンと4.4Lおよび4.8LV型8気筒エンジンを搭載し、いずれもバルブトロニックを装備した新世代のエンジンに刷新されました。
2011年にはキープコンセプトでフルモデルチェンジを行い、6シリーズとしては3代目に進化、4ドアのグランクーペが追加されたことも話題になりました。
エンジンはさらに強力にV型8気筒はツインターボ化され、最高出力は2代目の367PSから450PSに一気に100PS近くパワーアップしました。
8シリーズが復活!
2018年に、なんと8シリーズが約20年ぶりに復活しました。2代続いた新6シリーズについては5ドアファストバッククーペのグランツーリスモのみとなったので、実質的には2ドアクーペの伝統は再度8シリーズに引き継がれることになりました。新生8シリーズは2ドアクーペ、カブリオレおよび4ドアのグラン・クーペをラインナップしています。
2ドアのビッグクーペの文法に沿ったロングノーズ、ショートデッキの伸びやかなデザインが採用されています。実は3代目の6シリーズが全長×全幅×全高=4895×1895×1365mmだったのに対し、8シリーズは全長×全幅×全高=4,843×1,902×1,341mmとサイズダウンされています。しかしその分、なだらかなファストバックスタイルのルーフラインのため、後席スペースはレッグルーム、頭上ともミニマムですが、このエクステリアデザインを手に入れられるのであれば十分許せる、という方も多いのではないでしょうか。
ボディを若干サイズダウンしたことにあわせて、先にデビューした5シリーズや7シリーズ同様に、アルミニウムやマグネシウム、カーボンなどを多用し、一層の軽量化を推し進めたことで、より気持ちのいい走りを実現しています。
ビッグクーペは「大人のクルマ」
2ドアのクーペ、さらにビッグクーペというのは不思議な存在です。スポーツカーほどストイックではなく、SUVやミニバンほどユーティリティが優れているわけでもない。さらに、コンパクトカーのように街中での取り回しに優れているわけでもありません。実用性を重視して車選びをする方には、とりわけビッグクーペは理解できない種類のクルマかもしれません。
しかし、クルマを実用品ではなく嗜好品ととらえるなら、「無駄」は「贅沢」へと転じます。その最高峰ともいえる存在がかつての6シリーズであり、現在の8シリーズです。
日本のメーカーでも以前は多くのクーペを販売していましたが、現在の国産各社のラインナップを見ると、クーペはほぼ絶滅危惧種のような状態です。
そのような状態にもかかわらず、BMWでは現在でも2シリーズや4シリーズ、そして8シリーズとクーペをラインナップし、特に欧州では根強い支持があります。とくにビッグクーペに関しては1976年の初代6シリーズの登場以来、ほぼ途切れることなく現在までその系譜は続いています。
日本では「デートカー」としてもてはやされたように、クーペは若者のクルマ、というイメージは現在でも強いかもしれませんが、むしろ、ある程度年齢を重ねた、違いの分かる大人のほうがクーペの魅力をより理解できるかもしれませんね。