1909年に“鈴木式織機製作所”として会社の歴史が始まったスズキは自動車製造業へと舵を切ると、次々に革新的なクルマを世の中に送り出すことに成功し日本を代表する企業となりました。そして意外と知られていないのは、スズキが現地法人を立ち上げて世界中でクルマを販売しているグローバル企業だということです。
現在では多くの国に拠点を持ち、中でも、インドとハンガリー、インドネシアの3カ国でのシェアは大きく、ハンガリーでは功績を称えられてスズキ会長である鈴木修氏が勲章を受けるほどの目覚ましい企業活動を行っているのです。
このこともあり、スズキはクルマやモーターボート、発電機以外にもハンガリー産のワインやはちみつ、ゴルフ場やガソリンスタンドの経営も手掛けるなど海外進出がきっかけで他社にはないユニークな多角化経営を行う自動車メーカーとなっています。もちろん本業である自動車製造についても海外進出をきっかけとして生まれた車種も多くあり、その中でも注目を集めているのが2020年2月にインドネシアで発表された「XL7」です。
2000年に販売された初代「XL7」は「グランドエスクード」という名前で日本でも人気が高かったモデルだけに、今回の新モデル発表に注目をしている人も多いと思います。新型「XL7」は7人乗り3列シートSUVという日本でも人気が出そうなモデルですが、現時点(2020年4月)では日本市場での発売は未定となっています。では、なぜこのタイミングでインドネシア市場において発表されることとなったのでしょうか?実は、これにはアジア市場におけるスズキの販売戦略が深く関わっており、「XL7」をインドネシアで販売する原点を探ると1970年代のインドにまで遡ることができるのです。そこで「XL7」の詳細を知るためにも、まずはアジア市場におけるスズキの販売戦略の歴史から触れていきたいと思います。
「マルチ・800」からの脱却
インドを中心とした南アジアでトップシェアを誇るのが「マルチ・スズキ・インディア」名前のとおりスズキの子会社であり南アジア地域における乗用車の生産と販売の両方を担っています。もともとは1970年代にインド政府が掲げた国民車構想に応じるべくスズキが合弁会社を設立したことがきっかけであり、2006年には政府が全保有株式を売却して完全民営化されました。
1980年代にインドで販売されたのが“マルチ・800”と呼ばれる「スズキ アルト」をベース車として開発された小型車であり、当時はインド国内で最安値となる1台あたり80万ルピーという価格で販売されたこともあり小型車市場を寡占状態にするほどの売り上げでした。インド市場におけるスズキの販売戦略としては“マルチ・800”のような安価な小型車を展開しシェアを向上するとともに、旧来のインド車にはなかった堅牢性やアフターサービスを導入することで顧客満足度を上げるというものでした。この経営戦略は見事にヒットし小型車市場では“マルチ・800”が異例のロングセラー商品となり、スズキによる寡占状態が20年以上続くこととなりました。
一方でインドの経済状況も1970年代以降は乱高下を繰り返しながらも成長しており、1990年代に入ると本格的な自由経済市場として世界の一大マーケットとして各国から重要視されるようになっていました。
これに伴い国民一人当たりのGDP成長率も中国を抜き世界でトップクラスとなり、クルマに対するニーズや価値観が変容していきました。大きな変化でいうと世界的な排ガス規制にインド政府が応じたため、これまでのような排ガス規制を考慮しない設計はできなくなり、環境性能というものが重要視されるようになりました。
これを受けてスズキはこれまでどおりの安価なモデルでの収益は望むことが難しいとして、排ガス規制のなかでも”BS4(ユーロ4同等レベル)“が適用された都市部を中心に”マルチ・800“の販売を中止し2014年には工場の生産ラインを稼働停止させるに至りました。この変化はスズキにとっても重大な転換点であり、新興国市場に向けた安価なクルマづくりから世界市場という大きな市場を見据えたユニークなクルマづくりへと変わることが求められていたのです。そして、アジア地域はもちろん世界中の市場でニーズが高まっていたのが堅牢性やデザイン性をもつクルマ、とりわけSUVやミニバンタイプの需要が高まっていたのです。
「XL 7」の復活
現在、スズキが世界中にある市場の中でも重要視しているのがアジアです。前述したように中国やインドなど経済成長が著しい国の他にも、南・東南アジアにはこれからクルマの需要が高まることが予想される国々が多く存在します。もちろん、ハンガリーを始めとした東ヨーロッパ地域での展開も続けていますが、発展途上国が多いアジア市場のほうがインドのように市場寡占できる可能性が高いからです。そこで、インドネシア・ジャカルタに本社を置く「スズキ・インドモービル・モーター社」が1991年に発足させると、四輪車の生産拠点を同国にあるチカラン工場に集約させるという意向を鈴木修氏がみせるなどアジア地域を中心とした世界戦略が加速する見込みです。
そのような状況にあるインドネシア市場に向けて、スズキは新型「XL7」を発表しました。もともと「XL7」は国外に向けて製造されており、初代「XL7」は3列シートSUV「グランドエスクード」として販売されていました。二代目となるモデルは日本での販売はなく北米に向けて販売されましたが、原油価格高騰や世界金融危機の影響を受けたためわずか3年で生産中止となる悲運のクルマとなりました。
一方でアジア市場ではミニバンやSUVの人気が高まっていたため、インドでは人気のあった小型SUVの「ビターラブレッツァ」(日本のエスクードベース車)の新型を2020年2月に発表。東南アジア市場で販売されていた6人乗り3列シートの「XL6」の人気が高かったことを受けて、インドネシア市場では7人乗り3列シートSUVの「XL7」を発表する運びとなりました。
日本市場にもピッタリの「XL7」
SUV人気の高い日本において近年人気を高めつつあるのがダイハツ「ロッキー」やトヨタ 「ライズ」に代表される小型SUVと大型SUVの中間に位置するクルマです。スズキは軽SUVを中心として展開しており大ヒットを記録していますが、”中型SUV”ともいえるクルマの販売が求められています。
「XL7」の大きさは7人乗り3列シートということもあり幅広い居住空間が確保されていますが、プラットフォームには軽量かつ高剛性の”HEARTECT”が採用されているため最高出力104.7PSの1.5Lエンジンでも十分な動力性能と燃費性能を実現しています。
ボディデザインもSUVらしい力強さが各所に表現されて、フロント部分は前面に張り出しており“エスクード”のようなスズキらしいデザインに。一方でサイドボディのサーフラインは風を切るようにテール部までつながっており、リア部分はガラス部が広く取られてコンパクトにまとまったつくりが海外モデルらしいユニークな仕上がりになっています。このように概観だけを見てもミニバンからSUVへの乗り換え需要はもちろん、人気を高めているライバルメーカーの中型SUVへの対抗馬として十分に応えてくれる素養を秘めたクルマと言えます。
一方で、日本市場で販売するためには安全性能と環境性能に関しては基準に適合するように改良しなければならないため、そこだけが唯一の課題と言えるかもしれません。しかし、スズキは「XL7」をアジア以外にも輸出することを検討しているため、日本市場に向けて販売するということも決して現実味のない話ではありません。スズキは“ハスラー”や“ジムニー”を中心として販売も好調であり、数カ月の納車待ちになることもあるほどです。これら軽SUVで培ってきた技術を活かした「XL7」は“中型SUV”という新たなセグメントで活躍できるクルマであり、海外だけでなく日本市場でも十分にヒットを狙えるクオリティに仕上がっています。
日本市場で「XL7」の雄姿を迎える日がくるためにも、まずは「XL7」が海外で活躍する姿を楽しみに待ちましょう。