上級サルーンといえばゆったり乗るジェントルな高級車、というイメージを覆したのがBMWの5シリーズです。大人4人が快適に過ごせる居住性、大量の荷物も余裕で積めるトランクルームを備えたフォーマルなセダンでありながら、いったんステアリングを握りアクセルを深く踏み込めばスポーツカーを追い回せるような操縦性と現代ではスタンダードになった感もあるスポーティサルーンの元祖とも言える存在です。本国では新型の登場もアナウンスされた5シリーズについて特徴的なモデルをピックアップして振り返りながら解説していきます。
5シリーズは「ノイエ・クラッセ」の正当な後継車
5シリーズの源流をたどっていくと「ノイエ・クラッセ」(ドイツ語で「ニュークラス」)と呼ばれた1500(1961年)にたどり着きます。1500は戦後の苦境をなんとか乗り切ったBMWが満を持して発売した本格的な乗用車で、高い実用性に端正なスタイリング、卓越したハンドリングといった現在のBMWのイメージの礎となったクルマです。大好評を博した1500は排気量を拡大した1800/2000に発展し、それが5シリーズの原型となりました。
日本では「マルニ」の愛称で有名な1500の発展型である2002が後の3シリーズとサイズやデザインテイストが近いことから1500→3シリーズへと発展し、その上級モデルとして5シリーズが誕生したと思っている方もいらっしゃるかもしれませんが実際にはその逆です。1500からより上級のターゲットを狙った5シリーズが生まれ、その隙間を埋めるために3シリーズが誕生したといったほうが正確です。現代のBMWでいえば3シリーズがサイズアップするのに合わせてよりコンパクトな1シリーズが用意されたという流れに近いかもしれません。
1972年に1800/2000が生産中止となり、入れ替わるようにデビューしたのが初代5シリーズ(E12)です。E12は9年間という長い生産期間を経て1981年に2代目(E28)にバトンタッチします。E28も1988年まで生産される息の長いヒット作となりました。初代及び2代目ではいずれもエクステリアデザインのテイストは共通しており、1970年代らしいクラシックで繊細なラインでまとめられています。このモデルから1981年に設立したBMW ジャパンが日本への正規輸入を手掛けています。日本国内仕様の5シリーズはすべてETA(イータ)エンジンと呼ばれる低燃費仕様でした。これは最高出力を抑えてその分低速トルクを重視したセッティングとすることで街中での乗りやすさと低燃費を狙った意欲的なエンジンでBMWとしては異色の存在かもしれません。
「M」が切り開いたスポーティサルーンの世界
初代、2代目で特筆すべきは現在に続くBMWのモータースポーツ部門、M社が手掛けた「M」モデルの投入です。
まず1979年に初代5シリーズにM535iが登場しました。最高出力185PSを発揮するSOHC 3.5L直列6気筒エンジンを搭載、足回りとブレーキをM社でチューニングしたもので現在BMWにラインナップされているM Performance のさきがけとも言えるモデルです。
そして1985年、2代目に進化した5シリーズにM社が本格的に企画から参加したM5が登場します。エンジンは伝説のスーパーマシン、M1に搭載されていたDOHC 3.5L 直列6気筒が移植されました。市販車向けに若干変更されていたとはいえ、純粋なレース仕様のエンジンをジェントルなサルーンに搭載するのはまさに異例のことでした。M5は最高出力286PSを発揮、空力付加物のない1,430kgのボディを最高速度245km/hまで引っ張ったというのですから、当時のアウトバーンではまさに無敵の存在だったはずです。並み居るスポーツカーを一見大人しいセダンが苦もなくパスしていくのは痛快な眺めだったに違いありません。
空力を追求、待望のツーリングも追加された3代目(E34)
1988年に登場した3代目(E34)では一気に空力を意識したデザインに生まれ変わりました。これまでの繊細でクラシカルな雰囲気からワイド&ローを強調したモダンなスタイルへと変身、空気抵抗を表すCd値も3.0と一気に当時のトップレベルの性能になりました。
モデル途中で様々な進化を遂げているのもE34の特徴で、エンジン一つとってもSOHCからDOHCに進化し、さらには伝統の直列6気筒に加えてアメリカ市場を見据えたV型8気筒を搭載した530i及び540iも追加されます。大排気量エンジンへの熱対策としてキドニーグリルが横に広いタイプが採用されているので外見からも上級グレードであるV型8気筒モデルの見分けがつくようになっているのもBMWマニアの方ならご存知ですね。
そして忘れてはならないのが、この代からステーションワゴンである「ツーリング」が登場しています。テールゲートはバンパーの高さから大きく開くことはもちろん、現行型のツーリングにも引き継がれているガラス部分だけでも開閉可能と徹底的に使い勝手にこだわっているのが特徴です。またリアサスペンションには油圧とガス圧を使ったレベライザーが備わっているので荷物をたくさん搭載してもヘッドライトが上を向いてしまうような間抜けなこともありません。リアシート頭上も開く大型のダブルスライディングルーフもオプションで用意されるなど、遊び心にもあふれた装備が満載でした。
革新的なデザインの5代目(E60)に秘められたドラマティックなエピソードとは?
エクステリアデザインでもっとも印象的なモデルが2003年登場の5代目(E60)です。あまりにも斬新だったためにBMW社内でも評価が賛否両論真っ二つに別れたほどです。E60のデザインについては当時BMWのチーフデザイナーだったクリス・バングル氏の名前が挙がることが多いのですが、実際にドローイングペンを走らせてE60のデザインをつくり上げたのが当時BMWの社内デザイナーだったダビデ・アルカンジェリ氏です。
ダビデ氏はイタリア生まれでBMW以前はイタリアのピニンファリーナに所属し、当時最高に美しいクーペと評されたプジョー406クーペや新時代のフェラーリデザインと言われた360モデナを手掛けるなど才能に溢れ、将来を渇望されていた若手デザイナーでした。ダビデ氏はE60においてクリス・バングル氏の彫刻的な造形手法を取り入れながらピニンファリーナ時代に培った気品あるデザインラインを用いて今まで誰も見たことがなかったような高級サルーン像をつくり上げました。
しかし、ダビデ氏が市場にリリースされたE60を実際にその目で確かめることはできませんでした。急性白血病に侵されていたことによりダビデ氏は若くしてこの世を去ります。そして彼が天に召された日こそ、BMW社内の取締役会でE60のデザインが承認された、まさにその日だったのです。
ダビデ氏と同じくクリス・バングル氏のもとでBMWのデザイン担当していたファン・ホーイドンク氏(オランダ出身:先代のZ4などのデザインを担当)がクリス・バングル氏の次にBMWのチーフデザイナーとなりました。もしダビデ氏が存命であれば彼がチーフデザイナーとなっていた可能性もあります。
もし、ダビデ氏がチーフデザイナーとなっていたら…歴史に「If」は存在しませんがBMWのデザインは現在と随分違ったものになっていたのではないでしょうか。
いよいよ登場?新型5シリーズはこうなる!
現行型となる7代目の5シリーズ(G30)のドイツでのデビューは2016年でした。本国ではすでにBMWがLCI(ライフ・サイクル・インパルス)と呼ばれる、いわゆるマイナーチェンジモデルを発表しています。
エクステリアでは3シリーズ同様、キドニーグリルのフレームが中央でつながったワイドなタイプのものになりヘッドライトにもL字型のデイドライビングライトが追加され、よりシャープな印象になったのが目を引きます。
外観以上にアップデートされたのがパワートレーンで全車48Vのマイルドハイブリッド仕様となりました。厳しさを増す燃費基準、環境基準への対応はもちろんですがエンジン再始動時のスムーズさが向上し、加速時のブースト効果も備えたものとなっているのはBMWならではでしょう。国内デビューが待たれる一台に仕上がっています。
BMWで最も長い歴史をもつクルマ、それが「The 5シリーズ」
5シリーズは1972年登場の初代以来、BMW車ラインナップの中でも最も長い歴史を誇るモデルです。BMWの名車といえば上1桁がシリーズ名、その後に排気量を表す下1桁の数字を組み合わせるというルールが有名ですが、これも初代5シリーズが最初でした。
ところでドイツにはカンパニーカーという制度があるのをご存知でしょうか。これは会社側が福利厚生の一環として乗用車を通勤用に貸与するものです。もちろん通勤だけでなく私用で使っても問題はありません。ドイツ国内で見かける高級セダンの多くが実はカンパニーカーなのです。車種は役職に対応しているので、例えるなら厳密ではありませんが課長クラスは3シリーズ、部長になれば5シリーズ、さらにその上のエグゼクティブには7シリーズといった感じでしょうか。
そういった極めてフォーマルなサルーンにスポーツカーのようなハンドリングと強力なパワーを与えたクルマが5シリーズなのです。速度無制限のアウトバーンがあるドイツでは出張の際も日本のように新幹線ではなく自らハンドルを握って運転して行きます。一分一秒でも無駄にしたくない忙しいビジネスマンには速いクルマこそ優秀な道具なのです。
フォーマルでありながらハイパフォーマンスという5シリーズのキャラクターはこうしたドイツの風土によって磨かれてきました。そしてその伝統はこれからも変わることなく受け継がれていくのでしょう。