BMWモトラッドは2020年10月22日、「R 18 クラシック」をデジタルワールドプレミアで公開しました。ベースとなった「R 18」はすでに日本国内でも販売が開始していますが、最大の話題は1,802ccという大排気量の水平対向エンジンを搭載していることでしょう。今回は「R 18クラシック」の心臓、「ビッグボクサー」と呼ばれるこれまでの常識を打ち破る強力なエンジンについて解説していきます。
OHVは古い?いえメリットも多い最新型エンジン
「R 18 クラシック」には先に登場したビッグクルーザー「R 18」同様にBMW量産車史上最大の排気量と言われている1,802cc水平対向2気筒、いわゆるビッグボクサーを搭載しています。このエンジンの注目点はその排気量の大きさもさることながら古典的とも思われるOHV方式を採用していることです。
OHV(Over Head Valve)方式はそれ以前からあったサイドバルブ方式に対してシリンダーヘッド部分に吸排気用のバルブを搭載したことから呼び名がつきました。バルブを駆動するのはプッシュロッドと呼ばれる「棒」でクランク側から駆動する方式です。サイドバルブに比べれば効率は良くなったものの、エンジンを高回転させる時には重いプッシュロッドがバルブの開閉に追いつかなくなってしまうという問題がありました。これを解決するためにバルブを駆動するカムシャフトなどをすべてシリンダーヘッド部に移設して直接開閉するようにしたのが現在も多くのクルマで採用されているOHC(Over Head Camshaft)です。乗用車ではBMWが1961年に発売の「1500」に採用して一般的になりました。さらにエンジンの高回転化と吸排気効率を高めるためにバルブを駆動するカムシャフトを2本にして、吸気1、排気1の2バルブから吸気2、排気2の4バルブ化したDOHC(Double Over Head Camshaft)へと進化していきました。
そう言うと、「なぜBMWモトラッドは最新型のエンジンにわざわざOHVという古い形式を採用したの?」と思われるかもしれません。しかし効率の悪いサイドバルブ方式はさておき、OHVからOHC、そしてDOHCへの進化はエンジンの高回転化という必要に応じてなされてきました。逆に言えば高回転までエンジンを回さなくても十分なパワーやトルクが得られるならより機構がシンプルなOHVで十分なのです。「R 18 クラシック」もベースとなった「R 18」もエンジンをギンギンに回してサーキットを走るようなバイクではなく、余裕のパワーを秘めながらゆうゆうとハイウェイをクルージングするタイプなので「あえて」古典的といえるOHV方式が採用されたと考えられます。ちなみにBMWモトラッドと並んでクルーザーバイクを得意とするハーレーダビッドソンも頑なにOHV Vツインエンジンの伝統を守り続けるメーカーです。正反対のキャラクターのメーカーですが、クルーザーにはOHVがベストという同じ結論にたどり着いたのは興味深いですね。
BMW史上最大の排気量となる1,802ccエンジンの最高出力は91PS、同じ水平対向二気筒のR1250 RSが1,200ccで136PSを発揮することを考えればスペック上ではパワーが低いように感じられるかもしれません。しかし注目はエンジンの力強さを表すトルクです。R 1250 RSが143Nm/6,250 rpmなのに対して「R 18クラシック」は158Nm/3,000rpmを実現しています。さらに2,000~4,000rpmの領域であっても常に150Nmのトルクを発生します。「R 18 クラシック」のアイドリング回転は950rpmなのでアイドリングから少しスロットルを開けただけでこの強力なトルクが溢れ出す特性こそこのエンジン最大の特徴かもしれません。
ビッグボクサーは美しさも演出
「R 18」のエンジン、ビッグボクサーは非常にシンプルで機能美に溢れています。実はこの造形美にもOHV方式を採用したメリットの1つなのです。OHVはバルブを駆動するカムシャフトなどのパーツがすべてクランク側に存在するため、シリンダーヘッドのデザインをシンプルに仕上げることができるのです。もしDOHC方式を採用していたらシリンダーヘッド部分は現在よりも大きく横に張り出してしまうので今のようなコンパクトにまとまった力強い造形は実現できなかったはずです。OHVならではの、クランクからシリンダーヘッドに伸びるプッシュロッドも美しく造形されたデザイン上のアクセントになっています。
シリンダーヘッド部分だけでなくエンジン本体の造形や処理も魅力的です。エンジン本体を覆うハウジングカバーはアルミ製で高品質な仕上げがされています。この加工にはコンピュータで加工条件を制御して行うCNC(Computer Numerical Control)が用いられており、一見シンプルなようでもよく見ると非常に複雑で微妙な形状に加工されています。フルカウルのバイクと異なり、エンジンがむき出しのクルーザーではエンジンもデザインの重要なポイントとなります。こういったこだわりはさすがBMWモトラッドと言えるでしょう。
ボクサーエンジンは冷却効率に優れていることから空気とオイルで冷却する空油冷方式を採用しています。このため水冷エンジンのようなラジエーターが不要なこともエンジンの存在感を高めるのに一役買っているのです。
意外に伸びる燃費、高い環境性能
ボクサーエンジン史上最大の排気量に加え、「R 18 クラシック」の全長は2,440mm、全幅はミラーを含み964mmにも及ぶ巨体です。単体重量が110kgにも及ぶ1.8Lボクサーエンジンは左右への張り出しも大きいことから高速域での空気抵抗も無視できません。このようなさまざまなファクターを考え合わせると「R 18 クラシック」の燃費に不安を覚える方もいらっしゃるのではないでしょうか。
しかし、イギリス人ジャーナリストの試乗レポートによれば、「R 18 クラシック」のベースモデル、「R 18」の燃費はそんな予想を裏切る結果となっています。欧州で高速道路と山岳を取り交ぜた約290kmを走行したところ実燃費で約23km/Lを記録したとのことです。BMWモトラッドでは燃費を21km/Lを超えると発表していましたが、それを上回る結果となっています。日本の交通環境よりも遥かにスピードレンジの高い欧州での結果ということも考え合わせると非常に優秀な数値と言えるでしょう。燃料タンクの容量は16Lを確保しているので、日本の高速道路であれば300kmは余裕で走行できそうです。
さらに燃費だけではなく環境にも配慮したエンジンとなっていて、欧州で2020年1月にスタートした環境基準「EURO 5」にもいち早く適合しています。
1.8L ビッグボクサーはBMWの誇り
BMWモトラッドが水平対向2気筒のエンジンを最初に搭載したのは1923年のR32だったことから、すでに100年近い歴史があることになります。水平対向エンジンが「ボクサー」と呼ばれるのはクランクシャフトを中心としてシリンダーが水平にレイアウトされていることで、左右のピストンがまるでボクサーのように拳を打ち合う動きに似ていることからつけられた愛称です。
水平対向エンジンのメリットは向かい合ったピストンが対になって振動を打ち消しあうことでバランサーが不要で軽量に仕上げることができることと、エンジンの全高を低くすることで低重心化を実現できるところです。また走行時に風が当たりやすいので冷却効果が高いことやプラグやバルブ周りなどの整備もやりやすいことも挙げられます。もちろんメリットばかりではなく張り出したシリンダーによりバンク角が制限されたり、足に当たりやすかったりといったデメリットもあります。
1980年代には日本メーカーが次々と直列4気筒エンジンを搭載したビッグバイクをデビューさせて市場を席捲したことや、排気ガス規制に対応するために新たに開発した水冷縦置4気筒エンジンへの移行を模索するなどボクサーエンジンの存続について悩んでいた時期もあったようです。しかしBMWボクサーのファンからの根強い声に押されるように水平対向エンジンの改良と継続を決定したのです。OHC方式を採用した新ボクサーエンジンの登場は1993年、それ以降は絶え間なくアップデートが行われ、BMWの象徴的存在へと成長しました。もちろん現在のBMWは並列6気筒や並列2気筒、単気筒とさまざまなエンジンのバリエーションを揃えていますが、ボクサーエンジンがBMWの強いブランドイメージであることは今後も変わらないのではないでしょうか。「R 18」のエンジンは正面のクランク部分、もっとも目立つ位置に青と白のBMWエンブレムが置かれていることも、このエンジンに対するBMWの自信と誇りを感じさせます。
環境と個性を両立した新世代のビッグボクサー
欧州では自動二輪車についても段階的に排出ガス規制が強化されており、乗用車同様のEURO 6に進むことも時間の問題と言われていますが、高い環境基準を達成することを優先するとエンジンの個性が薄れて画一化が進むという見方もあります。
しかし「R 18」のビッグボクサーを見る限り、そんな心配は杞憂に終わるかもしれません。ボクサーエンジンはクランクシャフトが回転することで車体を左に傾ける力が働くという独特の性質(トルク・リアクション)があります。現行のRシリーズではこの動きを打ち消すことに成功していますが、ビッグボクサーではあえてこのトルク・リアクションを残すことでボクサーエンジンならではの古典的な味わいを演出しています。国産車の経験しかない方が乗ると面食らってしまうかもしれませんが、慣れてくるに従い、その独特の操縦感覚が楽しく思えてくるそうです。
高い環境性能を実現しながらも内燃機関の持つ気持ち良さは決して無くしたりはしない常識破りのエンジン、ビッグボクサーにはそんなBMWの意志が込められているのかもしれません。