BMW iがついに空を飛ぶ?ウイングスーツに見るBMWの大空へのこだわりとは

BMWが11月10日に開催したデジタルイベント「#NEXTGen 2020」で初公開した「BMW iエレクトリファイド・ウイングスーツ」の動画が話題を呼んでいます。ウイングスーツとは腕と脚の間に張った布で空を滑空する特殊なスーツですが、BMWでは電気自動車のiシリーズで培った電動技術を用いて、なんと最高速度300km/hという超高性能なウイングスーツを仕立て上げたのです。自動車メーカーであるBMWがこの夢のスーツの開発に参加したのは一体なぜなのでしょうか。

ウイングスーツをご存じですか?

画像引用:https://www.bmw.com

「ウイングスーツ」をご存じでしょうか。日本ではまだ馴染みがありませんが、CMなどでも映像が使われることがあるので、見れば「ああ、あれか!」と思う方もいらっしゃるかもしれません。特殊な素材でつくられたスーツで中に空気を入れて膨らませることで揚力を生み出し、グライダーのように空を滑空できるスーツです。腕や股の部分の膜を広げて空を飛ぶ姿から、「ムササビスーツ」と呼ばれることもあります。

スカイダイビングに似ていますが、スカイダイビングはヘリや飛行機などを利用して高高度まで上昇する必要があるのに対し、ウイングスーツは高い崖や超高層ビルを利用しての滑空も可能です(高所恐怖症の人間としては動画を見ているだけでも震えが止まらなくなってしまいますが…)

まさに人が太古の昔から夢見ていた、鳥のように大空を飛ぶことを実現したものですが、使用するためには最低でも200回のスカイダイビング経験が必須です。さらにこの条件を満たしたとしても、飛行中の姿勢や離着陸方法についての特訓や経験者からの1対1の指導も必要と、かなりハードルが高いスポーツです。もちろん最高速度は300km/h以上にも達するため、高いスキルも必要で、当然かなりのリスクもあり、死亡事故が何件も発生しています。スイス、ノルウェー、フランス、イタリアなどの欧州諸国では比較的ポピュラーなのは規制がほとんどないことと、アルプスなど高い崖が多いことがその理由とされています。

ウイングスーツ・スポーツの第一人者がBMW iに応援を要請!

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BMWがこのウイングスーツの開発に参画した、と聞くと多くの方は「なぜ?」と疑問に思われるのではないでしょうか。すべてはオーストリアのプロ・ウイングスーツパイロットであるピーター・ザルツマンの「ウイングスーツ・スポーツを新しいレベルに引き上げたい」という願いからスタートしました。ザルツマンはウイングスーツ・スポーツだけでなくスカイダイビングのインストラクターやスタントマンとして映画、ショーでも活躍するという、いわばスカイスポーツのスペシャリストです。

通常のウイングスーツは滑空することは可能ですが、エンジンが装着されているわけではないので、そこから自由に上昇することはできません。ザルツマンは何か動力源を追加することでウイングスーツ・スポーツに新たな世界が開けると考えていました。実はそれ以前から小型のジェットエンジンをつけたウイングスーツの開発はされていました。小型で強力なジェットのおかげで高高度までいかなくてもそのまま垂直上昇も可能というものだったのですが、騒音が大きく近くのビルをかすめただけでビルの窓ガラスがびりびりと振動するなど実用化には程遠い仕上がりだったのです。人一人を飛ばせるために騒音や排気ガスを撒き散らすのはウイングスーツの新しい形としてはふさわしくないと考えたのかもしれません。

そこでザルツマンはウイングスーツに電動化テクノロジーを組み合わせることを思いつき、ピュアEVであるi3をすでに市販化していたBMWに自身のアイデアをぶつけてみたのです。BMWでは電動自動車「i」シリーズで培った電動化技術でこのザルツマンの熱い思いに応えました。電動化のスペシャリスト集団であるBMW iに加え空力デザインのスペシャリストであるBMWデザインワークスも加わりチームが結成され、約3年をかけてエレクトリファイド・ウイングスーツと呼ばれる電動ウイングスーツの開発に成功したのです。

エレクトリファイド・ウイングスーツの構成はカーボンファイバー製の「インペラー」と呼ばれるプロペラ2つを電動ドライブシステムで駆動する方式が採用されました。インペラーはウイングスーツの前面部分に装着します。プロペラの回転速度は約2万5,000rpmでそれぞれの出力は7.5kW、2つ合わせて15kWの出力を備え、稼働時間は5分 とされています。5分と聞くと短い感じがするかもしれませんが、基本は滑空し、必要なところで上昇するために使用するので稼働時間としては十分なのです。ウイングスーツは手や足のちょっとした動きが軌道に大きく影響を与えるとされているので、推進力を生む代わりに空気抵抗の原因ともなるインペラーをどの位置に設定すればいいのか、ミュンヘンにあるBMWグループの風洞試験設備を活用して実験が繰り返し行われました。

最高速度は300km/hオーバー!人が鳥のように自由に空を駆ける

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従来のスカイダイビングやベースジャンプでは、ジャンパーは崖やヘリコプターから上空に飛び出した後、時速100km以上のスピードで地上に向かって下降していきます。しかし、このBMWのウイングスーツの電動ドライブシステムを着用していると、まるで小型飛行機が空を自由に飛ぶように上昇しながら上空を旋回することも可能で、最高およそ時速300kmにも到達するそうです。

ザルツマンとBMW iの開発チームが最初にテストの場所に想定していたのは韓国釜山の超高層ビル群でした。同じ高さの2つの高層ビル、その並びにさらに高いビルがあるので、最初のビルから滑空し、次の同じ高さのビルを滑空して通り過ぎる。そしてインペラーの力を使って上昇して最後のビルをパスするという計画でした。世界中にこのチャレンジを発信したい、という思いから生まれたプロジェクトですが、残念ながら新型コロナウイルスの流行により中止を余儀なくされてしまいます。

開発チームが改めて初飛行の場所に選んだのはザルツマンの故郷であるオーストリアの山岳地帯でした。ちょうど釜山の3連ビルと同じような2つの同じ高さのピークとそれよりも高いピークの組み合わせという場所が見つかったのです。

そしていよいよテスト飛行の日を迎えます。上空3,000mまでヘリで移動、そこからザルツマンは2名のウイングスーツパイロット(こちらは非電動の通常タイプ)とともにフォーメーションを組んで上空へ飛び出しました。3名のウイングスーツが通過した後は飛行機雲が発生していることからかなりの高速で滑空していることが分かります。

最初は3名ともランデブーで飛行を行っていましたが、崖が目前に迫ったとき、電動ウイングスーツを着用したザルツマンが「インペラー」を起動、電動ドライブシステムによりぐんぐんと加速し上昇していきます。正面に見えていたピークを軽々と越して空へ上げっていく姿は圧巻です。ザルツマンのウイングスーツは脅威の機動を見せた後、美しく空を翔け巡り、ふたたび合流ポイントで集合し、3人共無事にパラシュートを開いて着陸。BMW iの電動化技術により人が鳥のように大空を翔け回ることに成功した瞬間でした。

BMWのDNAに刻み込まれた大空への憧れ

皆様ご存じのとおり、かつてBMWは航空機のエンジンを製造していました。とくに有名なのは第二次世界大戦中にドイツ航空戦力の中核を担った名機、フォッケウルフFw190のエンジンとして使用されたBMW139及びBMW801でしょう。また第二次世界大戦後期にはいち早く戦闘機用のジェットエンジン、BMW003の開発にも取り組み実用化に成功しました。このBMW003は戦後に米ソ仏軍によって接収されて分析されたことで結果的に東西各国にターボジェットエンジンの技術を広めることになったと言われています。とくにソ連(当時)では戦闘機MiG-9のエンジンとしてRD-20の名で再生産されたBMW003がそのまま使用されています。

その一方で第一次世界大戦後はドイツのベルサイユ条約によって軍用航空機エンジンの製造が禁止され、第二次世界大戦後は軍需産業の禁止に伴いBMW自体も一度は解体されるなど航空機に関しては二度の苦い経験を味わっています。

かつて飛行機を天空高く舞わせるための原動力をつくっていたBMWが、ウイングスーツをつくる。それはBMWにとって果たせなかった夢への原点回帰と言えるかもしれません。しかもそれを環境に優しい電動化技術によって成し遂げたというところが素晴らしいですね。

この空を飛ぶためのEVドライブユニットを活かせば、いつの日か私たちもあのアニメーション作品「風の谷のナウシカ」のように大空を風に乗って自由に飛ぶことができるようになるかもしれません。

ザルツマンとBMW iでは電動ウイングスーツについて1回だけのパフォーマンスに終わらせるのではなくさらに開発を続けていくとしています。BMW iの電動化技術がロードカーだけでなく大空でもそのポテンシャルを発揮する日がもうすぐやってくるのかもしれません。

もちろんこの電動ウイングスーツで培った技術には空力や軽量化、バッテリー能力など将来主流となるとされるEVにもフィードバックできるものも多いはずです。そういった意味でも非常に興味深いプロジェクトではないでしょうか。

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