2019年9月に開催されたフランクフルトモーターショーに一台のBMW X6が特別出品され、メディアや来場者から大きな注目を集めました。そのX6には世界で最も黒い物質と呼ばれる、「ベンタブラック」を塗装に用いていて、光を全く反射させないボディはモーターショー会場でもひときわ異彩を放っていました。今回はこの不思議なベンタブラック塗装にフォーカスするとともに、意外に知られていないクルマの塗装のあれこれについて解説していきます。
まるでブラックホール?漆黒のX6正体は「ベンタブラック」
フランクフルトモーターショーに登場した漆黒のX6ですが、この不思議な黒色は「ベンタブラック」という全く新しい塗料によるものです。ベンタブラックとは、サリーナノシステム社が開発した特殊な塗料で、反射率1%の光吸収体という特徴があることから、「まるでブラックホールのようだ」とまで評されています。
直径2~3ナノメートル(10億分の1!)という極細のカーボンナノチューブが光をシャットアウトするベンタブラックの「黒さ」の正体です。当初は宇宙開発を主眼において開発され、通信衛星の表面にコーティングすることで余分な光を効率的に吸収することを目的にしていました。ベンタブラックでコーティングすることで実質的にすべての入射光を吸収できるので望遠鏡の感度を高め、さらに遠くの星の観測も行えるといった用途や、それ以外にも赤外線スキャンシステム、天体カメラへの活用が期待されています。
サリーナノシステム社の最高技術責任者であるベン・ジェンセン氏によれば、自動車メーカー各社からもこの画期的な塗装についてオファーが来ていたそうですが、ベンタブラックを使用すると車体に施された微妙な凹凸が全く見えなくなってしまい、並みのクルマではデザインの魅力が半減してしまうことからすべて断っていたそうです。
ベンタブラック塗装にX6が選ばれた理由は?
なぜ、これまで各社からのオファーを断っていたベンタブラック塗装がBMWのX6へ施されることになったのでしょうか。
サリーナノシステム社はその理由にBMW X6のデザインを挙げています。クーペSUVの元祖であるX6のフォルムは特徴的でデザイン性にあふれる印象的なものだったので、このフォルムこそベンタブラック塗装にふさわしいと判断し、コラボレーションを決定したとのことです。
確かにベンタブラックで塗装されたX6はディテールがすべて塗りつぶされることによって独創的なシルエットが一層際立ち、一目でX6であることが分かります。さらにメッキのキドニーグリルやクリスタルのヘッドライト、ウインドウガラスの輝きがシャープな印象と独特の迫力を生んでいます。
これまでのショーモデルといえば光沢感あふれる塗装や見る角度によってさまざまな表情を見せるきらきらした塗装が主流でした。そんなショーモデルがあふれるモーターショー会場においてベンタブラック塗装のX6は異彩を放ち、クルマの塗装について全く新しい可能性を示したのです。
最近は超高級車市場においてマット(つや消し)塗装が流行の兆しを見せていますが、このベンタブラックは究極のマット塗装と言えるでしょう。ベンタブラックについては夜間走行時の他車からの視認性や熱の問題(太陽光を吸収しボディがこれまで以上に熱くなる)など、市販車に採用されるにはまだまだ課題がありそうです。
とはいえ、ベンタブラック自体は先進安全技術の一部として車載カメラなどの自動車部品に使用されている実績もあり、BMWでも将来的にオプションで設定することを検討しているとのことなので近いうちに「漆黒」のBMWを街で見かける機会もあるかもしれません。
クルマを塗装する目的は?
ところで、なぜクルマには塗装が必要なのかを考えたことがありますか?
塗装する理由としてまず挙げられるのはボディの保護です。クルマを構成している主材料は鋼板です。鋼板は長く外気にさらしていると錆の発生が避けられませんが、塗装することで錆の発生を防止することができます。
次に美観の向上も塗装の役割です。現代のクルマは鋼板以外にもアルミや樹脂などさまざまな部材が使用されているので塗装しないとつぎはぎだらけのようになってしまい、いかに良いデザインのクルマであっても興ざめでしょう。またボディは平面や曲面、直線や曲線などさまざまな面や線で構成されており、塗装することでそれが際立ち外観を美しく仕上げることができます。
もちろん塗装には商品価値を向上させるという目的もあります。むしろ現代においてはこれが主目的と言っても良いかもしれません。もし同じ形で同じ性能のクルマが並んでいたら塗装が美しいほうのクルマを選ぶのは当然でしょう。
かつて、T型フォードでクルマの大量生産に成功したヘンリー・フォードの名言(迷言?)に、「T型フォードを買う人はどの色でも好きに選べるーそれが黒色である限りは」というのがありました。当時の塗料の中では黒色がもっとも乾燥が早かったので、生産性を重視したT型フォードは黒色ばかりでした。しかし、ライバル社が多彩なボディカラーを選べるクルマを販売するようになると売れ行きが鈍っていきました。
クルマがまだ珍しかった時代ならともかく、ある程度行き渡ってくると他の人と違った色を選びたくなるのは自然な流れだったのでしょう。
またパトカーや消防車などの特殊車両のように独自に定められた塗装をすることで識別しやすくするといった目的もあります。
「日本人は無難な白を選ぶ」のは都市伝説?
日本人は無難を好むのでクルマのボディカラーも海外と違って白が一番人気、とよく言われていますが本当でしょうか。実はボディカラー選びに関する傾向は時代によってもかなり変化してきているのです。
クルマのボディカラーのシェアについて一般社団法人日本流行色協会(JAFCA)では1965年度から毎年度調査を行っています。
この調査結果によると意外なことに1970年代までの一番人気は白ではなく、白の割合は10%~20%台の間を行き来していました。むしろ1970年度のように黄が30%なのに対し、白は不人気で10%にも満たない時代もありました。
それが1980年代に入ると状況が大きく変わり、白色が50%以上を占めるようになります。とくに1986年度には白が7割以上を占めるまでになりました。当時、トヨタ・マーク2を始めとする「ハイソカー」(死語ですね)が日本で大ヒットしており、いずれも白をイメージカラーにしていたことも大きいと考えられます。
また1970年代に流行った黄などの鮮やかな色は、現在ほど塗料の耐候性が強くなかったので、数年で色あせなどが発生して敬遠されるようになったという事情もあるようです。日本人は白のクルマが好き、というイメージはこの頃に形成されたのかもしれませんね。
しかし1990年代に入るとまた状況が変わり、シルバーなどのグレー系が白よりも多くなってきます。塗装技術の進化により、以前のようなくすんだシルバーだけではなく深みのあるメタリックカラーが登場したことや、白に比べて汚れが目立ちにくいことも理由のようです。白が現在でも一番人気なのは確かですが、割合は3割程度となっており突出して多いというわけではないようです。
一方、他の国ではどんな色が好まれているのでしょうか。アメリカの塗料業界大手「アクサルタコーディングシステムズ」では人気の色を1953年から調査しており、2019年版で見ると全世界ではやはり白が一番人気で38%となっています。次の黒が19%、グレーが13%、そしてシルバーが10%となっており、この上位4色はここ数年変わっていません。
アクサルタ調査:世界の人気色2019年
各地域もおおむねそれに準じた結果となっていますが、その中でも特徴的な傾向として北米ではブルーのポイントが上昇して10%に、欧州ではグレーの人気が高くなって長年不動の人気を誇ってきた白を上回りました。
日本で白のボディカラーが好まれるのは確かですが、それは世界的な傾向でとくに日本だけが突出しているわけではない、ということのようですね。
BMWの人気色は?
それではBMWではどんなボディカラーが人気なのでしょうか。新車でのデータがないことから、大手中古車検索サイトを使って、中古車市場に流通しているBMWの基幹車種、先代3シリーズ(F30)ではどんな色の中古車が多いのかを調べてみました。
もちろん、中古車の流通台数と新車の販売台数は必ずしも一致するわけではなく、長年乗り続けているクルマは調査の対象外となるのであくまでも参考程度に考えていただきたいのですが、一定の傾向は見えてくるのではないでしょうか。
2012年式~2018年式の3シリーズで検索したところ全部で1069台がヒットしました。色の内訳は以下の通りです。
- 白:510台(47.7%)
- 黒:305台(28.5%)
- 青:101台(9.4%)
- 銀:107台(10.0%:グレーメタ含む)
- 赤:36台(3.3%)
- その他:10台(0.9%)
やはり白が一番人気で銀が少ないようですが、青が意外に多い印象です。青の個体を見ていくと、あざやかなブルーもありますが落ち着いた紺メタリックも含まれています。
現在の3シリーズのボディカラーのラインナップはアルピンホワイト3、ブラックサファイア、ミネラル・ホワイト、ミネラル・グレー、そしてボルマティオ・ブルーの5色で赤が落とされているのは先代での販売比率も影響しているのかもしれません。
これがファミリー層に人気の2シリーズグランツアラー(現行型)だと、中古車検索でヒットした全385台のうち白が172台、黒が64台、赤が56台、青が42台と白人気は相変わらずですが黒が減って赤が増えています。このあたり、ユーザー層の違いを反映しているようで面白いですね。
一方、フラッグシップセダンの7シリーズ(現行型)になると検索にヒットした全382台に対して白が152台、黒が140台と黒の割合がぐっと増えてくるのは法人需要が高いことを反映していると考えられます。
ボディカラーの違いは下取り価格にも反映し、人気色と不人気色では同じモデルであっても20万円近く差がついてしまうこともあると言われていますが、最終的にはやはり自分の気に入ったボディカラーを選ぶほうが満足度は高いのではないでしょうか。